2008年05月04日

#1761 クルム伊達公子対タマリネ・タナスガーン

 ついにクルム伊達公子はカンガルーカップ国際女子オープン$50,000大会の決勝戦に駒を進めた。かつてITF(International Tennis Federation)の賞金総額$50,000大会がこれほど世間の耳目を集めたことは記憶にないほどの盛り上がりを見せ、岐阜県テニス協会の公式HPはアクセスが集中しすぎてダウン寸前である。恐るべき伊達効果というべきで、これが後の世で伊達騒動といわれるようになるのかもしれない。オイオイ 

 そしてここまで来ると相手のタマリネ・タナスガーンTAMARINE TANASUGARNに対して「AKY」「あえて、空気読まないで」精一杯ガンガレヨーと応援したくなる。今日の決勝戦のスタンドは超満員になり伊達の応援一色になるのは間違いないのだ。ORDER OF PLAYを見ると試合開始は午前11時で、After Rest, Time TBA WD championship Kimiko DATE-KRUMM (JPN) /Kurumi NARA (JPN)vs.Melanie SOUTH (GBR) /Nicole THYSSEN (NED)とあるから、シングルスで負けるとどんなに長い休憩をとってもダブルスも負けるだろうし、シングルスに勝つと殆ど休憩を取らなくともダブルスも勝つというマーフィーの法則が働くだろう。

 とにかくITF5万ドル大会の日程を考えるとダブルスとシングルス両方にエントリーすることは無茶で、しかも両方ともワイルドカードで予選から出場して決勝まで勝ち進むなどというのは無謀の極みである。伊達が勝ちすぎたのがこんな過密スケジュールになった原因なので、伊達のコーチも伊達本人も予想が甘かったというべきか、対戦相手があまりにも弱かったというべきで、これは伊達にとって大誤算と言うべき出来事かもしれない。しかし決勝戦の相手のタマリネ・タナスガーンは今まで対戦してきた相手とは格が違うので、なかなかムズイ勝負になるはずだ。1年間かけて試合用の身体を作ってきたのかもしれないが、このレベルの試合に耐えきれるかどうか心配である。身体に違和感が生じたら遠慮なくリタイアをして貰いたい。もう既に伊達の当初の目的は達成したはずである。

 調べると過去にTAMARINE TANASUGARNとクルム伊達公子の直接対決はない。TAMARINE TANASUGARNは現在31歳で伊達が引退したのは今から12年前で当時TANASUGARNは19歳。接点がないのは当然かもしれないが、印象としてはTANASUGARNのほうが伊達よりオバハンに見えるので少し意外な気がするのだった。ボケたわけではないがタイのプロテニスプレイヤーといえば英雄パラドン・シーチャパンで、おいどんは本来女子プロテニス選手にはあまり興味がないので仕方がないのだった。

 しかしTAMARINE TANASUGARNの過去の履歴を調べるとやはり只者ではなく、ハッキリ言って強い。今年のドーハではシャラポワに62,62で敗れたが、2回戦でモレスモに76(7),75で勝ち、16強になっているのだった。モレスモはかつて世界ナンバー1になったこともある大選手でその風貌から女ランボーと呼ばれたりする有名人である。

 本当に伊達がこの相手に勝ち切れるかどうか、調べれば調べるほど不安になってきた。ここはやはりTANASUGARNに「ZSKYMK」と言っておこう。ZSKYMKは「絶対にその場の空気を読んで無理に勝ちに行くな」という意味で、今この瞬間においどんがつくったばかりの新語なのだった。

 岐阜の天候は晴れ、気温27℃、湿度45%と予想され、かなり暑いが絶好のテニス日和だ。

 ここまで来ると伊達も大観衆の前で優勝スピーチをしたいだろう。

 ガンガレ伊達!

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TAMARINE TANASUGARN (THA) CAREER HIGHLIGHTS SINGLES
Winner
2006 - ITF/Shanghai-CHN;
2005 - ITF/Shenzhen-CHN;
2003 - Hyderabad;
2000 - ITF/Gifu-JPN;
1999 - ITF/Surbiton-GBR, ITF/Saga-JPN;
1997 - ITF/Surbiton-GBR;
1996 - ITF/Warrnambool-AUS, ITF/Wodonga-AUS, ITF/Saga-JPN;
1993 - ITF/Manila-PHI.

Finalist
2006 - Bangkok;
2002 - Canberra, Doha;
2001 - Tokyo [Japan Open];
2000 - Birmingham;
1996 - Pattaya City.

Semifinalist
2004 - Hyderabad, Tokyo [Japan Open];
2002 - Tokyo [Japan Open];
2001 - Dubai;
2000 - Tokyo [Japan Open], Shanghai, Kuala Lumpur;
1998 - Tokyo [Princess Cup];
1997 - Auckland;
1996 - Beijing.

ADDITIONAL
Thai Fed Cup Team 1993-95, 1998, 2000, 2003-05.
Thai Olympic Team 1996, 2000, 2004.

YEAR IN DETAIL
JANUARY - Fell 1r at Australian Open (as qualifier, l. to No.19 seed Bammer in 3s).
FEBRUARY - Reached QF at Pattaya City (d. No.8 seed Rodionova en route; l. to top seed and eventual champion A.Radwanska);
reached 3r at Doha (as qualifier, d. No.14 seed Mauresmo en route; l. to No.4 seed and eventual champion Sharapova).
MARCH - Fell 1r at Bangalore (l. to Nakamura in 3s) and Miami (as LL, l. to Cibulkova).
posted by あど at 05:24| 青森 | Comment(6) | TrackBack(0) | テニス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする