おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒と詠んだのは滋酔郎こと江國滋である。江國香織の父であり、優れたエッセイストであり俳人である。おまけにマジシャンであり少なくともナポレオンズに尊敬されていた。
寅さん映画に小沢昭一さんが出ていた。それで江國滋さんを思い出した。嘗て小沢昭一は1969年に永六輔、江國滋酔郎と共に「やなぎ句会」をつくっていたのだ。小沢は野坂昭如、永六輔と「中年御三家」を結成し、1974年の武道館コンサートはビートルズ以来と言われるほど盛況であったとウィキペディアには記されている。
小沢昭一は1929年4月6日生まれで現在75歳。江国さんは1934年8月14日生まれで命日は1997年8月10日である。僅か63年の生涯である。癌に冒されなければまだまだ精力的に活躍していただろう。
江國滋さんの遺作を読んだとき闘病の凄まじさに呆れた。世の中がこれほど進歩したのにどうして少しも病気を治せないのだろうと呪った。江國滋さんは克明な闘病記を残して亡くなられた。もし自分がその立場に置かれたら何ができるだろう。
しかし今般福岡で起きた<海中転落>ブレーキ痕なし、危険運転致死傷罪の要件検討などというニュースを見ると、ある意味江國滋さんの壮絶な死よりも悲惨だ。しかも事故を起こした第一当事者に一方的に過誤がある場合は背中から包丁で突き刺されるようなものである。事故のカタチをした殺人だ。
癌で死ぬのもイヤだが事故死は心の準備がないのでさらにツライと思った。
死はある意味仕方がないが、癌死と事故死は願い下げである。
2006年08月28日
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おいらは2003年にガンを患って、三年余の余生を永らえているわけで、つまりガンで死んだ体験はないわけで、偉そうなことはいえませんが、....。
死ぬ者よりも、生き残る者のほうが実はより辛い、ということはなんとなくわかるような気がします。つまり、その準備もできないままに逝っちゃうことは、ある意味では“お気楽”“無責任”には違いはないわけで、はい、そのとおりだと思いました。