2007年06月23日

#1232 エルトゥールル号

 毎朝鈴木杏樹のいってらっしゃいをラジオで聴きながら通勤している。当地では平日午前7時45分から7時50分までのごく短い放送である。毎日何気なく聴いているのだが、6月21日と22日の放送には貰い泣きしてしまった。アナウンスしている鈴木杏樹さんが泣いたから泣いたのではなく、何かもっと大きなものに突き動かされて泣いたのである。

 明治23年というと随分昔に感じられるが、おいどんの父が明治35年生まれなので高々二世代前の日本の話である。この100年余で日本は幾度か戦争を経験し、先の大戦では全てを失いそして復興し、その後激しく豊かになったが、それと同時に本来人間として備えていた品のようなものを投げ捨ててしまったのかも知れない。そう感じたから泣いたのだと思ふ。

 この話をネットで検索すると幸いにも放送された原稿の全文があった。ここに記録しておく。
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6月21日放送 <エルトゥールル号の遭難
 「今から117年前、明治23年9月16日、和歌山県の串本町を台風が襲いました。そのとき一艘の大型船が遭難しました。そんな遭難した人たちを救おうと村の人たちは必死で救出作業をしました。今日はそのお話をします。」

 灯台の灯り以外は見えない嵐の夜の海。灯台守は大きな船が岩に激突して爆発する音を聞きました。急いで灯台の下に下りると傷ついた一人の船員が倒れていました。「あなたのお国はどこですか?」と聞きましたが言葉が通じません。

 やがてこの船員がトルコの人でエルトゥールル号というトルコの船であることがわかりました。さらに多くの船員が海に投げ出されたことを知りました。さっそく灯台守は救出のために真っ暗な夜の道を走り村の人たちに助けを求めました。村の人たちは総出で救出作業をしましたが、500人以上もの人が命を落としていきました。それでも1人でも命を救おうと村の人たちは裸になって船員たちの体温を温め、必死に励ましの言葉を投げかけました。そんな思いが通じて69人が息を吹き返しました。助かった69人は村のお寺と小学校に収容されました。

 しかし、当時村は貧しくておまけに台風で漁ができなかったので、食料がどんどんなくなっていったのです。そんな状況の中でも村の人たちは69人のトルコの人たちを助けたい思いでいっぱいでした。当時それぞれの家では非常食として鶏を飼っていました。でも、鶏を食べてしまったらもう完全に食べ物はありません。それでも村の人たちは鶏を料理してトルコの人たちに食べさせてあげたんだそうです。

 このお話は和歌山県知事に伝えられ、明治天皇にも報告されました。明治天皇はすぐに串本町にお医者さんを派遣し、生存者全員を軍艦に乗せてトルコに送り届けました。この話は日本中に大きな衝撃を与え、全国から善意のお金が寄せられトルコにいる遭難者の家族に届けられたそうです。
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6月22日放送 <テヘランに孤立した日本人を救出したトルコ航空

 「今から22年前、昭和60年3月17日、イランに住む日本人を絶体絶命の危機が襲います。その危機を救ってくれたのはトルコの人たちでした。今日はそのお話をします。」

 それは当時のイラクのサダム・フセイン大統領が世界に向けて言ったこの言葉から起こりました。「今から48時間後にイランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす。」当時イランにはたくさんの日本人が住んでいました。すぐに日本人は空港に向かい、イランを脱出しようとしました。でも、どの飛行機も満席で乗ることができなかったのです。タイムリミットまでまもなく1時間。空港にいた日本人はパニック状態になっていました。すると、そこに2機の飛行機が到着しました。それはトルコ航空の飛行機でした。飛行機は空港にいた日本人250人全員を乗せて成田に向けて飛び立ちました。

 こうして間一髪で危機を乗り越えることができましたが、なぜトルコ航空機が来てくれたのか、実はこのことを日本政府もマスコミも全く知らなかったのです。その真相を当時の駐日トルコ大使はこう語っています。

 「1890年、和歌山県の串本町で起きたエルトゥールル号の遭難事故に際し、村の人たちや日本人がしてくださった献身的な救助活動を今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学校の頃歴史の教科書で学びました。トルコでは子供たちもエルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、イランで困っている日本人を助けようとトルコ航空機が飛んだのです。」

 「というお話だったんですけれども、こういうお話ってね、この番組で心温まるお話として知るのではなくて、やっぱり日本でもね、小学校の歴史の教科書とかで教えたり、学びたいものだと思いませんか?なんかね、以前トルコに行ったときにトルコの人たちがとっても優しくて親日だったんですね。それがすごく印象深かったんですけれども(涙)ああ、こういうことがあったんだなって今回勉強になりました。ちょっと涙してしまいましたけれども。今週はそういうわけで、本当にあった心温まるお話をお届けしました。」
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posted by あど at 06:49| 青森 晴れ| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「言の葉ブログ」のendoyです。トラックバック感謝。こういういい話をときどき伝えてくれるAMラジオって好きですね。
Posted by endoy at 2007年06月23日 09:58
 つい最近、ブログでも紹介したのですが、『村田エフェンディ滞土録』という本の主人公が、このエルトゥールル号の事故が縁でトルコに留学できた男の話でした。
 世界中が助け合いの気持ちをもっていれば、戦争なんか起きないと思うんですけどねえ。人間は馬鹿な詮無い生き物ですね。
Posted by 遊哉 at 2007年06月23日 10:42
このお話聞いて、思わず涙ぐんでしまいました。。。
すごく心にジンとくるいいお話ですね。
言葉、国は違えども心は繋がり分かりあえるんですよね。
優しさと感謝の心、思いやりは世界共通ですね。
いいお話をどうもありがとうございました。
Posted by ジャミン at 2007年06月23日 11:41
 トルコ航空の話し私も聞いて感動しました。
 車を運転しながらなのでメモをとれずブログに書くことができなかったのでした。
Posted by 島谷 at 2007年06月23日 17:17
endoy様へ
 最近は自宅でも専らラジオ生活をしております。

遊哉様へ
 そうそう村田エフェンディ滞土録はエルトゥールル号の事故が縁でしたね。人間は多少馬鹿になりましたが、一皮剥けば昔の気質を取り戻すと期待しております。

ジャミン様へ
 昔の人は偉かった。我々も誇りを持って達者に暮らしませう。

島谷様へ
 ワタシは思わずウルウルして車を停めてしまいました。それくらい衝撃的でした。
Posted by あど at 2007年06月23日 19:08
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