先ほど地震なのか眩暈なのかよく分からない微妙な揺れが来た。先日の仙台地震の余震だろうが地震にはカラキシ弱いので非常に恐い。40年ばかり前に地震で死にかけたことがあるので強度の地震恐怖症である。トラウマなのだ。地震が来ても軽い眩暈だと自分に言い聞かせる習性がある。大急ぎでTVをつけニュースでテロップを見てやはり地震だったかとガッカリする。どこかに大きな被害がないことを思わず祈る。
昔から地震雷火事オヤジという諺があるように地震は最大級の災難だ。大津波も恐いが津波は高台に必死で逃げればまだ助かる可能性がある。地震は逃げ場がない。酒場で地震に遭遇した時真っ先に店から飛び出すのはおいらだ。いい歳をして馬鹿だなぁと若い方の失笑を買っている。
大急ぎで外に出ると空から色々なものが落下して危険である。そんなことは知っている。かといって2階に黙っていて揺れが収まるのを待つほど人間が出来ていない。必ず階段を駆け下りてしまう。大きな揺れがあった時はそんな動きもままならなくなる。動くに動けずそのままの状態でいると昔の悪夢が蘇る。建物が座屈し構造物に押し潰されて死んでしまうのだ。南無。
命にかかわる大きな地震はこんな具合に起こった。
あれれまた地震だな。いつものようにすぐに揺れは収まるだろう、とたかをくくっていると揺れは収まるどころかますます激しくなり全く避難することが不可能な状況になった。天井を見ると今にも崩れ落ちそうである。天井が落ちても死ぬことはないが、天井の上には屋上がある。屋上はコンクリートの塊である。さすがにそんなものがガラガラと落ちてきたら死ぬだろうと覚悟した。短い人生だったなぁと一瞬覚悟した。
地震だと感じた時いきなり大きな揺れで始まるのでなく、徐々に大きな揺れになり最後は絶望的な揺れになった苦い経験を持つのである。
昭和43年5月の十勝沖地震である。長い時間がたってからまるで何事もなかったように揺れは収まった。その夜の余震の恐さは未だに忘れられない。
そんな経験がトラウマになっている。どんなに小さな揺れでもすぐに逃げ出したくなるのも仕方があるまいと思っている。
注:良い子の皆さんはマニュアルどおり決して慌てて逃げてはいけません。必ず揺れは収まります。慌てないことが肝要です。
地震のせいではないだろうが、全米オープンの予選が悲惨な結果になっている。
Takao Suzuki JPN 3 3
Jean-Rene Lisnard FRA (18) 6 6
Shiho Hisamatsu JPN 1 1
Neha Uberoi USA 6 6
Hana Sromova CZE (6) 7 6
Saori Obata JPN 5 3
残念である。
2005年08月24日
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北海道糖業(株)本別製糖所のボイラー室で整備作業中でした。
揺れを感じたときは足場の組み方が悪いのかと身の回りをチェックしていると給水タンクの水が激しく踊っているのでこりゃ大地震だと気がついた次第です。
ボイラー室にいた他の人たちは皆避難したようですが、私は呆然とするだけで動けませんでした。
異常が発生するとさっと避難できる人は運動神経がいいんですね。
私は電車火災のときも動けないで火だるまの電車の中に呆然としていました。
電車火災の経験をされた方はそんなに多くはないと思います。私が火だるまの電車の中にいたなら間違いなくパニックになり今頃はお墓に入っていたことでしょう。
心の準備がないまま事故とか災害で突然自分がいなくなるのは考えるだけでもツライ。
ニュースを見ると台風11号が上陸したようです。大きな被害が出ないことを祈ります。