昨日ようやく中国からの要請で日本の国際緊急援助隊が出発した。日本政府は四川の大地震発生当初から派遣の申し込みをしていたが、イラナイとお断りされていた。しかし、被災者の生死の分岐点といわれる発生から72時間をすでに経過してから派遣要請が来た。新聞を読むと、当初の消極姿勢を一転させた中国側の決断の背景には、チベット情勢をめぐり国際的孤立感を深める中、日本の人的支援を受け入れることで、日中間の順調な発展をアピールする政治的狙いが垣間見えると書かれていたりして、驚くことに人命よりも政治的狙いが優先されたらしい。そのために救える命が減ったのは事実だろう。消防庁によると、24時間以内で80%の被災者生存率は、48時間まででは30%未満に低下。72時間以内は15〜20%となり、これを過ぎると10%を割り込むと説明されている。
四川大地震 東京消防庁と警視庁が緊急救助隊を派遣
今回の体制は【緊急援助隊は、東京消防庁のハイパーレスキュー隊員ら消防関係17人、警視庁機動隊員ら警察20人、海上保安庁の特殊救難隊員や潜水士ら13人、JICAから派遣される医師・看護師らで構成。警察犬3匹のほか、がれきの下で被災者を捜すファイバースコープや削岩機などの機材も持ち込まれる。】である。
そして外務省のHPには「国際緊急援助隊制度」の説明がある。
【通常時の体制 国際緊急援助隊は、自然災害等の規模、状況に応じて、「救助チーム」(警察庁、消防庁、および海上保安庁他の救助隊から編成される。)、「医療チーム」(医師・看護師・薬剤師・医療調整員および業務調整員から編成される。)、「専門家チーム」(災害応急対策、災害復旧活動を行うもので、関係省庁等から各分野の専門家を派遣する。)、「自衛隊の部隊」の4種類の援助隊を単独、または組み合わせで派遣できる。通常時は外務省経済協力局国際緊急援助室と、関係省庁の担当者、JICAの国際緊急援助隊事務局が中心となり、派遣に備え緊急時の連絡先を登録し、24時間対応可能な体制を整備している。】
【派遣時の体制 (i)要請から派遣まで」の特徴は、1)被災国政府または国際機関からの要請が派遣の第一の前提であること、2)その後、関係省庁と協議を行い、外務省本省がチームの派遣決定を行ったうえで、 JICA国際緊急援助隊事務局に派遣命令を行い、3)JICA国際緊急援助隊事務局の支援の下、適切なチーム構成で緊急援助隊を派遣することである。この手続きについては、制度の創設時から現在まで大きな変化はない。(ii)被災国における活動」体制の特徴は、 1)被災国、または経由地・近隣諸国の在外公館やJICA事務所、現地の海外青年協力隊員等の支援を得て、国際緊急援助隊の活動を実施する、2)援助活動においては、各チームの団長が指揮を執ることである。これは、被災国での効率性、有効性をさらに高めるためにチーム派遣毎に見直され、マニュアル、携行資機材の整備、チーム人数・構成の変更が進められてきた。】
瓦礫の山から生存者を探し出し、救出の中枢をなすのが国際緊急援助隊の国際消防救助隊で、そのスローガンは
"Our field is the world wide. Anywhere, anytime, anybody, anyhow, we rescue you."
「活動現場は世界の国々 いつでも 誰でも どこへでも どんな災害でも レスキューします」である。
その志や良し。ガンガレ!
被災地の状況をニュースで垣間見ると、あまりにも災害の規模が大きく、一体生存者が何人いるのかも確認のしようがないほどである。しかも通信網・交通網は至る所で遮断され、水も食料も医薬品も何から何まで不足している。こんな未曾有の大災害が生じているのに政治的狙いなどという脳天気な思惑をしている時間はない。そして日本外務省幹部の「日本が中国に駆け付けて協力する姿勢を中国国民に見てもらうことが大事」などという談話も、中国政府の政治的な狙いという話と大同小異で、被災者の目前でそんな話をすると、大勢の被災者の逆鱗に触れることだろう。
一刻も早く国際消防救助隊が救出活動を行い、救える命が一つでもあることを祈っている。
奇しくも40年前の今日「1968年十勝沖地震」が発生した日である。あの日の午前9時48分53秒に発生した地震で建物は座屈し、もはやこれまでと思った恐怖は未だに消え去ることはない。
2008年05月16日
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日本の救助隊は世界最高水準のノーハウがありますから活躍が期待できますね。
中国は反日から親日に変わったようです。
救助隊ガンバp(^-^)q