一昨日の麦秋に続いて昨日は東京物語が上映されていた。TVで小津安二郎監督作品の特集をしているのかもしれない。ヒマなので冒頭のシーンをテキストに起こしてみた。
末娘の京子と暮らす老夫婦が長旅に備えて空気枕を探しているのだが、ご近所のおかみさんが庭先に挨拶に見えて会話を交わしてこの映画のこれからを暗示し、そのあと再び空気枕を探すというシーンだ。この映画は再びご近所のおかみさんがお悔やみに見えるシーンで終わるので、起承転結の「起」の部分と「結」の部分はこのおかみさんが主役である。ご近所のおかみさんを演じた高橋豊子の笑わない目がこの映画の全てかもしれない。
東京物語が公開されたのは昭和28年11月3日とされている。残念ながら昭和28年の記憶は全くない。この翌年には洞爺丸の海難事故があり、そのあたりから自分の記憶がある。GHQが駐留していた公会堂の裏手の海岸に、洞爺丸の犠牲者のご遺体が漂流してきた。大人たちからは当然海岸に行ってはイケナイと云われたが、何度か怖いもの見たさに海岸に行った。そんな記憶が自分の一番最初だというのも何だか奇妙なものである。それほど漂流してきたご遺体の姿は強烈であった。
あの当時、砂浜だった海岸では石炭を積んだ大型船が係留できるように、護岸工事が始まっていた。砂浜から岸壁に変わると、どこからともなく連絡船のような大型貨物船が頻繁に寄港するようになり、コンクリートで固められた広大な海岸は石炭置き場になり、高さ4〜5メートルの石炭山が出来た。そして石炭山は冬になると近所のガキ達の恰好のスキー場となり、竹スキーで滑り降りたり長靴をバインドしたスキーでジャンプして遊んだ。あんなにおいどんが石炭山のスキーで遊んだのにゲレンデでスキーを滑れないのはどうしたものだろう。スキー場のゲレンデが石炭山よりあまりにも大きすぎるせいかもしれない。高所恐怖症気味なせいもあるだろうが、結局滑ることは得意だが止まる技術がないせいだろう。トホホ
最初にこの映画を観た時、能面のような表情の役者がぼそぼそと聞き取りにくいセリフを放つジミヘン映画の印象が強かった。娯楽映画というよりは、ぎくしゃくした家族映画という雰囲気で、どう考えても傑作という印象はなかった。
今でもこの映画のどこがどう素晴らしいのか良くワカラナイ。
不思議な演出と魔法のカメラワークによって、あまりにもこの映画が自然体に見え過ぎるせいかもしれない。
【空気枕】
周吉:これじゃと 大阪6時やなあ
とみ:そうですか じゃあ 敬三もちょうどひけたころですなあ
周吉:うー ホームへ出とるじゃろう 電報打っておいたけぇ
京子:はいおかあさん これお弁当
とみ:はあ おおきに
京子:じゃ 行ってまいります
周吉:ああ おまえ学校がいそがしけりゃ わざわざ来てくれんでもええよ
京子:いいえ ええんです 5時間目はどうせ体操ですから
周吉:そうかぁ
京子:じゃあ 駅で
周吉:ああ
京子:お母さん魔法瓶にお茶入れときましたから
とみ:うん ありがとう
京子:じゃあ 行って参ります
周吉:ああ 行っておいで
とみ:行ってきなしゃー
京子:行って参ります
とみ:空気枕 そっち はいりゃしたか
周吉:空気枕 お前に頼んだじゃないか
とみ:ありゃんしぇんよ こっちにゃ
周吉:そっちよ、渡したじゃないか
とみ:そうですか
隣人:おはよう ござんす
とみ:あ おはよう
隣人:今日お立ちですか
とみ:へえ 昼過ぎの汽車で
隣人:そうですか
周吉:まあ 今のうちに子供たちにもおうておこう思いましてな
隣人:お楽しみですなぁ 東京では皆さんお待ちかねでしょうて
周吉:いやあ しばらく留守にしますんで よろしくどうぞ
隣人:へいへい ごゆっくりと 立派な息子さんや娘さんがいなさって結構ですなあ 本当にお幸せでさぁ
周吉:いやあ どんなもんですか
隣人:ええ塩梅にお天気もようて
とみ:本当にお蔭さんで
隣人:まあ お気をつけて行っておいでなしゃぁ
とみ:ありがとう
とみ:空気枕 ありゃんしェんよ こっちにゃ
周吉:ないこたないわ よう探してみぃ ああ あったあった
とみ:ありゃんしたか
周吉:ああ あった
【お別れ】
周吉:いやあ
隣人:みなさんお帰りんなって お寂しうなりましたなあ
周吉:いやあ
隣人:ほんとうに急なこってしたなあ
周吉:いやあ 気のきかん奴でしたが こんなことなら 生きとる内にもっと優しうしといてやりゃあよかったと思いますよ
隣人:なあ
周吉:一人になると急に日がなごうなりますわい
隣人:まったくなあ お寂しいこってすなあ
周吉:いやあ
参考
時よ止まれ! 僕たちはすることが一杯ある!!
wiki【『東京物語』(とうきょうものがたり)は、小津安二郎監督、笠智衆主演の1953年制作の日本映画。白黒作品。日本では1953年11月3日に、松竹の配給で公開された。独立した子供たちの元を訪れる年老いた夫婦と、それをあまり快く思わない子供たちを通して、家族の絆、夫婦と子供、老いと死、人間の一生、それらをシビアに描いたホームドラマである。核家族化と高齢化社会の問題を先取りしていた。小津映画の集大成とも言える作品で、本作を小津の最高傑作と位置付ける意見も非常に多く、国際的にも非常に有名な日本映画である。「日本映画の最高傑作」とも評され、各国で選定される世界映画ベストテンでも上位に入る常連作品のひとつである。戦前は映画で軍人の妻を演じることが多かった原節子が、戦争で夫を亡くした未亡人を演じている。笠智衆、東山千栄子、杉村春子などが、名演を見せている。】
あらすじ
wiki【1953年の夏、尾道に暮らす周吉とその妻のとみが東京に旅行に出掛ける。東京に暮らす子供たちの家を久方振りに訪ねるのだ。しかし、長男の幸一も長女の志げも毎日仕事が忙しくて両親をかまってやれない。寂しい思いをする二人を慰めてくれたのが戦死した次男の妻の紀子だった。紀子はわざわざ仕事を休んで二人を東京名所の観光に連れて行く。両親の世話に困った幸一と志げは、二人を熱海の旅館に宿泊させる。しかし、その旅館は安価な若者向きの旅館で、二人は騒々しさになかなか眠れない。翌日、熱海から帰って来た二人に対し、志げはいい顔をしない。居づらくなった二人は志げの家を後にする。周吉は在京の旧友と久方振りに再会し、酒を酌み交わす。とみは紀子の家に泊まる。ここでとみは、死んだ夫を忘れて再婚するように紀子に強く勧めるのだった。周吉は旧友に本音をぶちまけるほど泥酔する。深夜、泥酔状態のところをお巡りさんにとめられて、志げの家に帰ってきてしまう。そこで志げたちの顰蹙を買う。二人は、子供たちからはあまり温かく接してもらえなかったが、それでも満足した表情を見せて尾道へ帰った。ところが、両親が帰郷して数日もしないうちに、とみが危篤状態であるとの電報が子供たちの元に届いた。子供たちが尾道の実家に到着した翌日の未明にとみは死去した。幸一と志げは悲しみつつも、さばさばした乾いた表情を見せる。とみの葬儀が終わった後、志げは京子にとみの形見の品をよこすよう催促する。そして志げは、とみよりも周吉が先に死ぬのが望ましかったと主張する。幸一もそれに同調する。紀子以外の子供たちは、葬儀が終わると即座に帰って行った。京子は兄や姉に対し怒りを禁じえなかった。紀子が東京に帰る前に、周吉は上京した際の紀子の優しさに感謝を表す。そして紀子に再婚を勧める。ここで紀子は初めて自分の苦悩を吐露する。独身を通す自分の将来の不安がぬぐえないことを打ち明けた。涙を流す孤独な紀子に、周吉は妻の形見の時計を与えた。愛する者を失った喪失感を共鳴できる存在は、紀子以外にいなかった。】
2008年07月11日
2008年07月10日
#1834 麦秋
昨日TVで久しぶりに小津安二郎の映画「麦秋」を観た。昭和26年の作品である。当時監督の小津安二郎は48歳、脚本の野田高梧は58歳、カメラの厚田雄春は46歳。配役は間宮周吉役の菅井一郎44歳、しげ役の東山千栄子61歳、康一役の笠智衆47歳、史子役の三宅邦子35歳、紀子役の原節子31歳、茂吉役の高堂国典は年齢不詳、田村アヤ役の淡島千景27歳、佐竹宗太郎役の佐野周二39歳、たみ役の杉村春子45歳である。この中でおいどんより年寄りは東山千栄子しかいない。すっかり馬齢を重ねてしまい、あっと驚くタメゴローだ。フー
この映画の解説は
【製作は「自由学校(1951 渋谷実)」「虎の牙」に次ぐ山本武。脚本は「宗方姉妹」と同じく野田高梧と小津安二郎との共同執筆。監督は「宗方姉妹」に次ぐ小津安二郎作品。撮影は常に小津作品を担当する厚田雄春。出演者は、「西城家の饗宴」の菅井一郎、「自由学校(1951 渋谷実)」(松竹)の笠智衆、淡島千景、杉村春子、高橋豊子、「白痴」の原節子、東山千栄子、「天明太郎」の佐野周二、「あゝ青春」の三宅邦子、「恋文裁判」の二本柳寛、「初恋トンコ娘」の井川邦子などである。】
とあり、
あらすじは
【間宮周吉は北鎌倉に住む老植物学者である。息子康一は医者で東京の某病院に通勤、娘紀子は丸ノ内の貿易会社の専務佐竹宗太郎の秘書である。佐竹の行きつけの築地の料亭「田むら」の娘アヤは紀子と学校時代からの親友で二人共未婚であるが、安田高子と高梨マリの級友二人はすでに結婚していて、四人が顔を合せると、未婚組と既婚組とに対立する。折から間宮家へは周吉の長兄茂吉が大和の本家より上京して来たが、紀子の結婚談が出る。同時に佐竹も自分の先輩の真鍋という男との縁談をすすめる。間宮家では、周吉夫婦をはじめ康一たちも佐竹からの話に乗り気になり、紀子も幾分その気になっているが、古くから間宮家の出入りである矢部たみの息子で、康一と同じ病院に勤めている謙吉が、急に秋田の病院へ転勤するときまったとき、謙吉こそ自分の結婚すべき相手だったことに気がつく。謙吉には亡き妻との間に光子という三才の遺児があり、恒産もないので、間宮家では四十歳ではあるが、初婚で、善通寺の名家の出である真鍋との結婚を希望するが、紀子のたっての希望を通してやることにする。紀子は秋田へ去り、周吉夫妻も大和の本家へ引きあげて行く。その大和はちょうどさわやかな麦秋であった。】
という当時の上流階級の他愛もない日常生活を描いたものである。紀子の年齢設定は28歳のオールドミスで、この概念は生物学的に今でも変わらないだろうが、最近オールドミスという言葉をとんと聞かなくなった。まさか差別用語になったわけではないだろうが、不思議である。紀子は兄と兄嫁と兄の息子二人と両親の都合7人で北鎌倉の閑静な住宅に同居している。
きっとおいどんの両親が深いため息をつきながら900円もする高価なケーキを食べるシーンを観ただろうと思ふ。
恐ろしくモダンで前衛的な絵が掲げられた喫茶店で4人の女友達が楽しそうにおしゃべりしたり、喧嘩をしたり、ネーエ言葉を連発したり、淡島千景がトップファッションで颯爽と登場して原節子を食っていたり、いくらなんでも笠智衆が原節子の兄貴役というのは少し無理があるだろうとか、佐野周二は何度見ても日本一の男前だなあとか、都心にはバラックもなくなりモダンなオフィスがあって丸ビルがあって専務がいて道路が舗装されて自動車があって料亭があって医者がいて何ともかんとも素敵でしょうがないなあ、と深いため息をつきながらこの映画を観たと思ふ。
昭和26年といえばおいどんの父が49歳、母が36歳なのでその可能性はある。でも当時は2歳と4歳と7歳と10歳の4人の子育ての真っ最中で、家の近くの歌舞伎座に映画を観にゆく余裕などなかったかもしれない。おいどんが歌舞伎座で映画を観た最初の記憶は昭和30年代に入ってからのベン・ハーなので、きっとそれまで映画館には行っていないだろう。間違って観ていたら、スクリーンに繰り広げられるあまりの別世界に腹が立ったかもしれない。これは憶測だが、北鎌倉で繰り広げられたこのリッチマンお金持ち幸せ家族ドラマは今と全く違う感慨をもってヒットしていたのかもしれない。
この映画に出演している役者のセリフが心地良く、家族間の意識が今とはまるで異なっているのが微妙に面白いので、鑑賞しながら少しばかりセリフをテキストに落としてみた。そして何度かこの映画のセリフを聞いているうちにひょっとすれば昭和26年という時代は自分が思っている以上に遥かに遠い昔なのかもしれないと思い始めた。あの時代を生き抜いた人々の感性は今の日本人とは全く異なるのかもしれない。昭和20年代も30年代も既に時代考証が必要な時代なのかもしれない希ガス。
そんなことを考えながらぼんやりと映画を観ていたのだが、結局映画のトップシーンの麦という文字が旧字体であったことと、麦秋という言葉が初夏の季語であったことを知ったのが一番の収穫であった。
麦秋の人々の中に日落つる 吉岡禅寺洞
この映画の解説は
【製作は「自由学校(1951 渋谷実)」「虎の牙」に次ぐ山本武。脚本は「宗方姉妹」と同じく野田高梧と小津安二郎との共同執筆。監督は「宗方姉妹」に次ぐ小津安二郎作品。撮影は常に小津作品を担当する厚田雄春。出演者は、「西城家の饗宴」の菅井一郎、「自由学校(1951 渋谷実)」(松竹)の笠智衆、淡島千景、杉村春子、高橋豊子、「白痴」の原節子、東山千栄子、「天明太郎」の佐野周二、「あゝ青春」の三宅邦子、「恋文裁判」の二本柳寛、「初恋トンコ娘」の井川邦子などである。】
とあり、
あらすじは
【間宮周吉は北鎌倉に住む老植物学者である。息子康一は医者で東京の某病院に通勤、娘紀子は丸ノ内の貿易会社の専務佐竹宗太郎の秘書である。佐竹の行きつけの築地の料亭「田むら」の娘アヤは紀子と学校時代からの親友で二人共未婚であるが、安田高子と高梨マリの級友二人はすでに結婚していて、四人が顔を合せると、未婚組と既婚組とに対立する。折から間宮家へは周吉の長兄茂吉が大和の本家より上京して来たが、紀子の結婚談が出る。同時に佐竹も自分の先輩の真鍋という男との縁談をすすめる。間宮家では、周吉夫婦をはじめ康一たちも佐竹からの話に乗り気になり、紀子も幾分その気になっているが、古くから間宮家の出入りである矢部たみの息子で、康一と同じ病院に勤めている謙吉が、急に秋田の病院へ転勤するときまったとき、謙吉こそ自分の結婚すべき相手だったことに気がつく。謙吉には亡き妻との間に光子という三才の遺児があり、恒産もないので、間宮家では四十歳ではあるが、初婚で、善通寺の名家の出である真鍋との結婚を希望するが、紀子のたっての希望を通してやることにする。紀子は秋田へ去り、周吉夫妻も大和の本家へ引きあげて行く。その大和はちょうどさわやかな麦秋であった。】
という当時の上流階級の他愛もない日常生活を描いたものである。紀子の年齢設定は28歳のオールドミスで、この概念は生物学的に今でも変わらないだろうが、最近オールドミスという言葉をとんと聞かなくなった。まさか差別用語になったわけではないだろうが、不思議である。紀子は兄と兄嫁と兄の息子二人と両親の都合7人で北鎌倉の閑静な住宅に同居している。
きっとおいどんの両親が深いため息をつきながら900円もする高価なケーキを食べるシーンを観ただろうと思ふ。
恐ろしくモダンで前衛的な絵が掲げられた喫茶店で4人の女友達が楽しそうにおしゃべりしたり、喧嘩をしたり、ネーエ言葉を連発したり、淡島千景がトップファッションで颯爽と登場して原節子を食っていたり、いくらなんでも笠智衆が原節子の兄貴役というのは少し無理があるだろうとか、佐野周二は何度見ても日本一の男前だなあとか、都心にはバラックもなくなりモダンなオフィスがあって丸ビルがあって専務がいて道路が舗装されて自動車があって料亭があって医者がいて何ともかんとも素敵でしょうがないなあ、と深いため息をつきながらこの映画を観たと思ふ。
昭和26年といえばおいどんの父が49歳、母が36歳なのでその可能性はある。でも当時は2歳と4歳と7歳と10歳の4人の子育ての真っ最中で、家の近くの歌舞伎座に映画を観にゆく余裕などなかったかもしれない。おいどんが歌舞伎座で映画を観た最初の記憶は昭和30年代に入ってからのベン・ハーなので、きっとそれまで映画館には行っていないだろう。間違って観ていたら、スクリーンに繰り広げられるあまりの別世界に腹が立ったかもしれない。これは憶測だが、北鎌倉で繰り広げられたこのリッチマンお金持ち幸せ家族ドラマは今と全く違う感慨をもってヒットしていたのかもしれない。
この映画に出演している役者のセリフが心地良く、家族間の意識が今とはまるで異なっているのが微妙に面白いので、鑑賞しながら少しばかりセリフをテキストに落としてみた。そして何度かこの映画のセリフを聞いているうちにひょっとすれば昭和26年という時代は自分が思っている以上に遥かに遠い昔なのかもしれないと思い始めた。あの時代を生き抜いた人々の感性は今の日本人とは全く異なるのかもしれない。昭和20年代も30年代も既に時代考証が必要な時代なのかもしれない希ガス。
そんなことを考えながらぼんやりと映画を観ていたのだが、結局映画のトップシーンの麦という文字が旧字体であったことと、麦秋という言葉が初夏の季語であったことを知ったのが一番の収穫であった。
麦秋の人々の中に日落つる 吉岡禅寺洞
2008年02月10日
#1667 歓喜の歌 歌のチカラ
映画を観る前にちょいとおなかが空いたので家内と一緒にネギラーメンと餃子を食べた。映画を観ると偶然にも映画の中で餃子が重要なキーワードになっているのに驚いた。偶然というものはあるものだ。餃子といっても毒餃子ではなく中華料理店の女将さん大田(藤田弓子)が商売で作る餃子のことである。主任の小林薫と部下の加藤(伊藤淳史)が一緒に餃子を食べるシーンはこの映画の核であった。
♪守もいやがる 盆からさきにゃ 雪もちらつくし 子も泣くし
♪盆がきたとて なにうれしかろ かたびらはなし 帯はなし
【みたまレディースコーラス】のリーダー松尾(由紀さおり)が静かに「竹田の子守唄」を唄いだしたとき、おいどんのからだは固まった。隣の席には家内が座っているのだが、そんなことにお構いなしに、とにかく固まってしまったのだ。病室でこの唄におくられて旅立つ少年がいるこのシチュエーションだから激しく心を動かされたのかもしれないが、そんな演出以上に由紀さおりの唄の力に圧倒されたのだった。この映画の最も重要なシーンだと思ふ。
もう一つの驚きは、【みたま町コーラスガールズ】の団員平澤由美が【みたまレディースコーラス】の団員の前でダニーボーイを独唱する姿である。過去に色々なダニーボーイを聴いてきたが、平澤の熱唱したダニーボーイは最高の出来であった。ひょっとするとナット・キング・コールのダニーボーイを聴いて以来の衝撃かもしれない。大急ぎで平澤由美について調べると【東京都出身。8月28日生まれ。抜群の歌唱力とエキゾチックな雰囲気で、ミュージカルの舞台やライブ活動、海外ドラマの吹き替え等で活躍する。2004年、東宝ミュージカル『ミス・サイゴン』ジジ役に抜擢され、好評を博す。ストレートプレイにも出演するなど、活動の幅を広げている。】とある。知らなかったとはいえ、あまりにも映画の中に馴染んでいたので歌手の方とは思っていなかったのだ。劇中リーダーの五十嵐(安田成美)が「遠慮しないでやって」という声をかけたのには十分な理由があったのだ。撮影中もこのシーンは出演者に大きな力を与えたのではなかろうか。いい映画をみんなで創りあげる喜びは役者冥利、監督冥利につきるだろう。
映画も進み、おいどんの苦手な「翼をください」が流れた。(大きな声では言えないが、実際この曲はママさんコーラスでよくとりあげられるのだが、どうしてそんなに好まれるのかサッパリ分からないのだった。)まあそれは置いといて、とにかくようやくこの映画が「素人のママさんコーラス」を題材にしているということを思い出させるには十分な効果があった。しかし「トルコ行進曲」が流れると、やはりこのコーラスグループは只者ではないと思わせるには十分で、劇も終盤になり大晦日のお約束「歓喜の歌」がスクリーン一杯に流れると、あとは圧倒されて聴き入るだけである。指揮を執られているyu_mamaさんのコーラスグループもこんなレベルのフルオーケストラで熱唱するのだろうかと思わず考えてしまった。リーダーの五十嵐が指揮棒を振る姿が下手とかそもそも指揮棒がいるのかとか、指揮者は下手入場が原則だろうとか、何でアメリカ娘がロシア娘で登場ししかもシャラポアという名前にしたのかとか、ランチュウがどうして陰の主役なんだとか、細かいことは一切言いません。
そして映画は唐突に終わり、静かにクレジットが流れるかと思いきや、いきなり「あの鐘を鳴らすのはあなた」が流れ、あれは和田アキコが歌っていた曲で森田公一と阿久悠が作り上げた傑作だ。クレイジーケンバンドの唄を聴くと確かにこの唄は男唄だと認識を新たにしながら、殆ど腰が抜けた状態で席を立ったのであった。
最も印象に残ったセリフは、家元の「一人百円!」である。お元気そうで何よりでした。(ーー;)
♪守もいやがる 盆からさきにゃ 雪もちらつくし 子も泣くし
♪盆がきたとて なにうれしかろ かたびらはなし 帯はなし
【みたまレディースコーラス】のリーダー松尾(由紀さおり)が静かに「竹田の子守唄」を唄いだしたとき、おいどんのからだは固まった。隣の席には家内が座っているのだが、そんなことにお構いなしに、とにかく固まってしまったのだ。病室でこの唄におくられて旅立つ少年がいるこのシチュエーションだから激しく心を動かされたのかもしれないが、そんな演出以上に由紀さおりの唄の力に圧倒されたのだった。この映画の最も重要なシーンだと思ふ。
もう一つの驚きは、【みたま町コーラスガールズ】の団員平澤由美が【みたまレディースコーラス】の団員の前でダニーボーイを独唱する姿である。過去に色々なダニーボーイを聴いてきたが、平澤の熱唱したダニーボーイは最高の出来であった。ひょっとするとナット・キング・コールのダニーボーイを聴いて以来の衝撃かもしれない。大急ぎで平澤由美について調べると【東京都出身。8月28日生まれ。抜群の歌唱力とエキゾチックな雰囲気で、ミュージカルの舞台やライブ活動、海外ドラマの吹き替え等で活躍する。2004年、東宝ミュージカル『ミス・サイゴン』ジジ役に抜擢され、好評を博す。ストレートプレイにも出演するなど、活動の幅を広げている。】とある。知らなかったとはいえ、あまりにも映画の中に馴染んでいたので歌手の方とは思っていなかったのだ。劇中リーダーの五十嵐(安田成美)が「遠慮しないでやって」という声をかけたのには十分な理由があったのだ。撮影中もこのシーンは出演者に大きな力を与えたのではなかろうか。いい映画をみんなで創りあげる喜びは役者冥利、監督冥利につきるだろう。
映画も進み、おいどんの苦手な「翼をください」が流れた。(大きな声では言えないが、実際この曲はママさんコーラスでよくとりあげられるのだが、どうしてそんなに好まれるのかサッパリ分からないのだった。)まあそれは置いといて、とにかくようやくこの映画が「素人のママさんコーラス」を題材にしているということを思い出させるには十分な効果があった。しかし「トルコ行進曲」が流れると、やはりこのコーラスグループは只者ではないと思わせるには十分で、劇も終盤になり大晦日のお約束「歓喜の歌」がスクリーン一杯に流れると、あとは圧倒されて聴き入るだけである。指揮を執られているyu_mamaさんのコーラスグループもこんなレベルのフルオーケストラで熱唱するのだろうかと思わず考えてしまった。リーダーの五十嵐が指揮棒を振る姿が下手とかそもそも指揮棒がいるのかとか、指揮者は下手入場が原則だろうとか、何でアメリカ娘がロシア娘で登場ししかもシャラポアという名前にしたのかとか、ランチュウがどうして陰の主役なんだとか、細かいことは一切言いません。
そして映画は唐突に終わり、静かにクレジットが流れるかと思いきや、いきなり「あの鐘を鳴らすのはあなた」が流れ、あれは和田アキコが歌っていた曲で森田公一と阿久悠が作り上げた傑作だ。クレイジーケンバンドの唄を聴くと確かにこの唄は男唄だと認識を新たにしながら、殆ど腰が抜けた状態で席を立ったのであった。
最も印象に残ったセリフは、家元の「一人百円!」である。お元気そうで何よりでした。(ーー;)
2007年12月17日
#1585 ローマの休日
DVDレコーダーを購入した。価格は6000円であった。思ったより安かったので吃驚した。さっそく映画のDVDを買った。題名はローマの休日である。
うーん、やはりこの映画は面白い。グレゴリーペックは美男子だしオードリーは可愛い。アーヴィング役のエディ・アルバートとか大使役のハーコート・ウィリアムズとかマリオ役のデラーニパオロ・カルリーニが遠くに霞んで見えるのもむべなるかなである。とにかくこの映画のヘプバーンは際立っている。この映画で生まれたヘプバーンカットは世界中の女性の半分以上が真似ただろう。ふと横を見ると似たような髪型の生物が熱心に映画を観ているが、似て非なるものだなあ、と心の奥底で小さくつぶやいた。聞こえると命が危ない。
出だしは歓迎舞踏会のドレス姿だ。うっとりするほど綺麗だがアン王女には少女の面影が強く残り威厳がない、という感じでスクリーンに登場してくる。こういう演出は監督の力量なのかカメラマンの力量なのか衣装と化粧スタッフの力量なのか役者の力量なのか分からないが、とにかくお姫様として颯爽と登場する。足の演技がカワイイ。そして、一転して軽いヒステリー状態に陥り、主治医から鎮静剤の注射を打たれる。ここまでで王女がローマの街のベンチに横たわっている必然性ができた。
一方のグレゴリーペックは記者クラブでスタッドポーカーで暇潰し。もうもうたる紫煙が当時の世相を物語る。昔は皆こうだったなあ。多少の賭け事も当然で、まさか今のように全ての人間が賭博罪で捕まるような野暮は言いっこなしだ。少しばかり賭けることによりゲームは妙味が出てくるのだ、などと妙な感慨に浸る間もなくタクシーのシーンになる。タクシーの運転手が実にイイ。しかし今も昔も夜更けにベンチで寝ている女は厄介だ。しかもすこぶるつきの美人とくれば、手を触れるだけで大セクハラとなるのは古今東西変わらない。だから普通は知らない振りをするのだが、それじゃあ映画が終わってしまうのでここから話は動き出す。
この映画は見どころ満載で全てのカットが素晴らしい。サンダルを買ったり、ヘアサロンで長い髪をショートにしたり、スペイン広場でジェラートを食べるシーンはあまりにも有名で、今ではローマを旅するオバハン連中の8割が必ず真似るのだった。ついでにオープンカフェでタバコを吸ってみたり、2人乗りしたスクーターで暴走してタバコ会社とスクーター会社の宣伝をしたり、真実の口や、祈りの壁など観光名所をしっかり宣伝している。真実の口の名演技は何度見ても完璧で、オードリーはこのシーンだけのために生まれたのかもしれないと思ってみたりする。フツーのオバハンが真似てもこんな絵にはなりません。
話はどんどん活劇風になりサンタンジェロの船上パーティーでは後にヒットする007ジェームズボンドもかくありきという大アクションを披露する。これがまたカワイイのであった。ギターで頭を叩くシーンは何度ギャグに使われたことだろう。美人は何をしても許されるのだった。挙句の果ては海に飛び込み、とんでもない話になるかと思わせながらそうはならず、水から上がると二人は恋仲になる。水も滴るイイ男とイイ女が急接近するのだが、ここから先のシーンで求愛の言葉は一切出てこない。スクリーンに映し出されるのは美男と美女の大クローズアップばかりだ。それでもここまでストーリイがお膳立てしてくれればどんな野暮でも二人のロマンスは分かる。そして話は一気にエンディングを迎え、威厳と気品に満ち溢れた大人の王女と一介の新聞記者との別れのシーンになる。まことに見事なエンディングである。映画のテンポといいリズムといい映像といいストーリイの明るさといい大ロマンスといい全てに非の打ち所がない完璧な作品だ。これからも何度も繰り返して見ることだろう。
1953年にこの映画は封切られたのだが、封切りと同時にこの作品を観た人の驚きと感動は凄まじかったと思ふ。で、もっと凄いと思ふのはこの映画のDVDが500円で購入できたことである。
実にイイ時代になったものである。
うーん、やはりこの映画は面白い。グレゴリーペックは美男子だしオードリーは可愛い。アーヴィング役のエディ・アルバートとか大使役のハーコート・ウィリアムズとかマリオ役のデラーニパオロ・カルリーニが遠くに霞んで見えるのもむべなるかなである。とにかくこの映画のヘプバーンは際立っている。この映画で生まれたヘプバーンカットは世界中の女性の半分以上が真似ただろう。ふと横を見ると似たような髪型の生物が熱心に映画を観ているが、似て非なるものだなあ、と心の奥底で小さくつぶやいた。聞こえると命が危ない。
出だしは歓迎舞踏会のドレス姿だ。うっとりするほど綺麗だがアン王女には少女の面影が強く残り威厳がない、という感じでスクリーンに登場してくる。こういう演出は監督の力量なのかカメラマンの力量なのか衣装と化粧スタッフの力量なのか役者の力量なのか分からないが、とにかくお姫様として颯爽と登場する。足の演技がカワイイ。そして、一転して軽いヒステリー状態に陥り、主治医から鎮静剤の注射を打たれる。ここまでで王女がローマの街のベンチに横たわっている必然性ができた。
一方のグレゴリーペックは記者クラブでスタッドポーカーで暇潰し。もうもうたる紫煙が当時の世相を物語る。昔は皆こうだったなあ。多少の賭け事も当然で、まさか今のように全ての人間が賭博罪で捕まるような野暮は言いっこなしだ。少しばかり賭けることによりゲームは妙味が出てくるのだ、などと妙な感慨に浸る間もなくタクシーのシーンになる。タクシーの運転手が実にイイ。しかし今も昔も夜更けにベンチで寝ている女は厄介だ。しかもすこぶるつきの美人とくれば、手を触れるだけで大セクハラとなるのは古今東西変わらない。だから普通は知らない振りをするのだが、それじゃあ映画が終わってしまうのでここから話は動き出す。
この映画は見どころ満載で全てのカットが素晴らしい。サンダルを買ったり、ヘアサロンで長い髪をショートにしたり、スペイン広場でジェラートを食べるシーンはあまりにも有名で、今ではローマを旅するオバハン連中の8割が必ず真似るのだった。ついでにオープンカフェでタバコを吸ってみたり、2人乗りしたスクーターで暴走してタバコ会社とスクーター会社の宣伝をしたり、真実の口や、祈りの壁など観光名所をしっかり宣伝している。真実の口の名演技は何度見ても完璧で、オードリーはこのシーンだけのために生まれたのかもしれないと思ってみたりする。フツーのオバハンが真似てもこんな絵にはなりません。
話はどんどん活劇風になりサンタンジェロの船上パーティーでは後にヒットする007ジェームズボンドもかくありきという大アクションを披露する。これがまたカワイイのであった。ギターで頭を叩くシーンは何度ギャグに使われたことだろう。美人は何をしても許されるのだった。挙句の果ては海に飛び込み、とんでもない話になるかと思わせながらそうはならず、水から上がると二人は恋仲になる。水も滴るイイ男とイイ女が急接近するのだが、ここから先のシーンで求愛の言葉は一切出てこない。スクリーンに映し出されるのは美男と美女の大クローズアップばかりだ。それでもここまでストーリイがお膳立てしてくれればどんな野暮でも二人のロマンスは分かる。そして話は一気にエンディングを迎え、威厳と気品に満ち溢れた大人の王女と一介の新聞記者との別れのシーンになる。まことに見事なエンディングである。映画のテンポといいリズムといい映像といいストーリイの明るさといい大ロマンスといい全てに非の打ち所がない完璧な作品だ。これからも何度も繰り返して見ることだろう。
1953年にこの映画は封切られたのだが、封切りと同時にこの作品を観た人の驚きと感動は凄まじかったと思ふ。で、もっと凄いと思ふのはこの映画のDVDが500円で購入できたことである。
実にイイ時代になったものである。
2007年12月14日
#1578 大病人
この映画には臨死体験のシーンと般若心経交響楽が出てくる。まあ臨死体験は似たようなものであったが、クライマックスの般若心経交響楽のシーンは圧巻であった。【観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄・・・】のシーンのためにこの映画は撮影されたと思ふ。93年の作品であるがこの映画は初めて観た。
主演の三國連太郎は親鸞の研究家で知られ、白い道の著者であり同名映画の脚本も書いている。大病人の脚本監督は伊丹十三で稀代のエッセイストで音楽家で監督で役者で1997年12月20日に没している。死因については未だに謎に包まれたままである。早いものであれから10年の月日が流れた。
伊丹十三と三國連太郎とくればこの映画が娯楽映画でありながら単なるコメディに終わらず、人間の死生観を端的に追求した傑作になるのは仕方のないところだ。そして映画の中核に観自在菩薩行深般若波羅蜜多時が流れるのは当然のことだろう。
自分でも昨年大病人になったせいか、この映画に関しては自分の中で最高レベルの評価となった一作である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【『大病人』(だいびょうにん)は1993年の日本映画である。癌で余命1年となった男。残りの人生をどう生きるか、どう死ぬかという人間の葛藤を、コメディを交えながら描く。作品の特徴としては、主人公のセリフなど随所に仏教的な死生観が伺われ、実際クライマックスシーンには般若心経が登場する。伊丹監督のその後の人生の足取りを重ね合わせると、ミステリアスで味わい深い作品と言える。この作品で日本アカデミー賞において三國連太郎が主演男優賞を、小野寺修が録音賞を受賞した。】
【三國 連太郎(みくに れんたろう、1923年1月20日 - )は日本を代表する俳優である。本名、佐藤政雄。群馬県太田市生まれ、静岡県賀茂郡松崎町出身。役者バカであり、奇人ともされる。老人役の役作りのため上顎の歯を大部分抜いたエピソードはよく知られている。特に粗暴な人物役を抱えた時期の三國はプライベートでも役にハマりこんでしまい、他人が近づき難い状態になっていることが度々であった。レイプシーンなどでもリハーサルから本気で暴行することで知られ、親しい女優でさえ怯えたという。ただしオフの三國は親しい映画関係者の複数の証言によると「言動も穏やかで、酒ものまず、饅頭など甘いものが好物の、言動も仏様の様な大人しい人物」だという。撮影所では役者・スタッフの安全のために釘を拾っていたという逸話もあり、オフの三國の人柄がしのばれる。 】
【伊丹 十三(いたみ じゅうぞう、1933年5月15日 - 1997年12月20日)は、日本の映画監督、俳優、エッセイスト、商業デザイナー、イラストレーター、CM作家、ドキュメンタリー映像作家である。本名は池内 岳彦(いけうち たけひこ)。戸籍名は池内 義弘(いけうち よしひろ)。女優の宮本信子は妻。俳優の池内万作は息子。作家の大江健三郎は義弟。バイオリン等の演奏や画家、料理通としても知られる。】
主演の三國連太郎は親鸞の研究家で知られ、白い道の著者であり同名映画の脚本も書いている。大病人の脚本監督は伊丹十三で稀代のエッセイストで音楽家で監督で役者で1997年12月20日に没している。死因については未だに謎に包まれたままである。早いものであれから10年の月日が流れた。
伊丹十三と三國連太郎とくればこの映画が娯楽映画でありながら単なるコメディに終わらず、人間の死生観を端的に追求した傑作になるのは仕方のないところだ。そして映画の中核に観自在菩薩行深般若波羅蜜多時が流れるのは当然のことだろう。
自分でも昨年大病人になったせいか、この映画に関しては自分の中で最高レベルの評価となった一作である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【『大病人』(だいびょうにん)は1993年の日本映画である。癌で余命1年となった男。残りの人生をどう生きるか、どう死ぬかという人間の葛藤を、コメディを交えながら描く。作品の特徴としては、主人公のセリフなど随所に仏教的な死生観が伺われ、実際クライマックスシーンには般若心経が登場する。伊丹監督のその後の人生の足取りを重ね合わせると、ミステリアスで味わい深い作品と言える。この作品で日本アカデミー賞において三國連太郎が主演男優賞を、小野寺修が録音賞を受賞した。】
【三國 連太郎(みくに れんたろう、1923年1月20日 - )は日本を代表する俳優である。本名、佐藤政雄。群馬県太田市生まれ、静岡県賀茂郡松崎町出身。役者バカであり、奇人ともされる。老人役の役作りのため上顎の歯を大部分抜いたエピソードはよく知られている。特に粗暴な人物役を抱えた時期の三國はプライベートでも役にハマりこんでしまい、他人が近づき難い状態になっていることが度々であった。レイプシーンなどでもリハーサルから本気で暴行することで知られ、親しい女優でさえ怯えたという。ただしオフの三國は親しい映画関係者の複数の証言によると「言動も穏やかで、酒ものまず、饅頭など甘いものが好物の、言動も仏様の様な大人しい人物」だという。撮影所では役者・スタッフの安全のために釘を拾っていたという逸話もあり、オフの三國の人柄がしのばれる。 】
【伊丹 十三(いたみ じゅうぞう、1933年5月15日 - 1997年12月20日)は、日本の映画監督、俳優、エッセイスト、商業デザイナー、イラストレーター、CM作家、ドキュメンタリー映像作家である。本名は池内 岳彦(いけうち たけひこ)。戸籍名は池内 義弘(いけうち よしひろ)。女優の宮本信子は妻。俳優の池内万作は息子。作家の大江健三郎は義弟。バイオリン等の演奏や画家、料理通としても知られる。】
2007年12月08日
#1568 椿三十郎
体調はあまりよくないが、家内がウオーキングを終えたらその足で映画を見に行こうと誘うので、渋々承知した。
映画の題名は椿三十郎で監督は森田芳光だ。微妙に懐かしい。この映画なら面白そうだ。入江たか子の睦田夫人を誰が演じるのか、仲代達矢の室戸半兵衛は誰が、そして三船敏郎が演じたと同じくらい織田の椿三十郎が超魅力的で絶望的なのか?見てから自分がこの映画に対してどんな印象を持つのか興味深い。
家族ゲームでは沼田孝助役の伊丹十三が異様に印象に残っている。調べると由紀さおりが母親役で松田優作が主役だったが、全員伊丹に食われて松田優作の印象は薄い。細長い食卓で伊丹十三が半熟玉子をジュルジュル音を立てて食べるシーンが強烈で、てっきり伊丹十三がメガホンを取っていたものだと思い込んでいたら、この作品が森田芳光監督のものだと知って驚いた。ナンタルチア!
森田芳光監督の作品で見たものは、『の・ようなもの』『家族ゲーム』『バカヤロー! 私、怒ってます』くらいでそんなに多くない。おいどんと同年なので何となくこそばゆいような恥ずかしいような気がするのだ。それに『バカヤロー! 私、怒ってます』シリーズは制作総指揮であり直接の作品ではない。あの映画の第三話で演じたイッセー尾形の運転手の演技は天才であり、オムニバス『バカヤロー! 私、怒ってます』全体に流れるよどんだ空気は当然森田芳光監督が好きな匂いだろうと思ふ。
自分は森田監督はどちらかというとスラップスティック的なコミカルで動きの早い展開が得意な作風だと勝手に理解している。だから『失楽園』などというどうしようもない作品を監督していたのには少し驚いた。本意ではなかったろう、と思ふ。それに時代考証が必要な作品とは無縁の監督だろう。それが日本映画の最高峰に燦然と輝く椿三十郎のリメイクをした。見ないわけにはいかない・・・
以下 余白 帰宅後にカキコする予定
織田の椿は多少軽いが素晴らしかった。この映画の殺陣を撮影するときにどれくらい怪我人が出たのだろうと心配になったが、それよりも淡路修三九段が悪役で出ていたのが印象深かった。(ーー;)
映画の題名は椿三十郎で監督は森田芳光だ。微妙に懐かしい。この映画なら面白そうだ。入江たか子の睦田夫人を誰が演じるのか、仲代達矢の室戸半兵衛は誰が、そして三船敏郎が演じたと同じくらい織田の椿三十郎が超魅力的で絶望的なのか?見てから自分がこの映画に対してどんな印象を持つのか興味深い。
家族ゲームでは沼田孝助役の伊丹十三が異様に印象に残っている。調べると由紀さおりが母親役で松田優作が主役だったが、全員伊丹に食われて松田優作の印象は薄い。細長い食卓で伊丹十三が半熟玉子をジュルジュル音を立てて食べるシーンが強烈で、てっきり伊丹十三がメガホンを取っていたものだと思い込んでいたら、この作品が森田芳光監督のものだと知って驚いた。ナンタルチア!
森田芳光監督の作品で見たものは、『の・ようなもの』『家族ゲーム』『バカヤロー! 私、怒ってます』くらいでそんなに多くない。おいどんと同年なので何となくこそばゆいような恥ずかしいような気がするのだ。それに『バカヤロー! 私、怒ってます』シリーズは制作総指揮であり直接の作品ではない。あの映画の第三話で演じたイッセー尾形の運転手の演技は天才であり、オムニバス『バカヤロー! 私、怒ってます』全体に流れるよどんだ空気は当然森田芳光監督が好きな匂いだろうと思ふ。
自分は森田監督はどちらかというとスラップスティック的なコミカルで動きの早い展開が得意な作風だと勝手に理解している。だから『失楽園』などというどうしようもない作品を監督していたのには少し驚いた。本意ではなかったろう、と思ふ。それに時代考証が必要な作品とは無縁の監督だろう。それが日本映画の最高峰に燦然と輝く椿三十郎のリメイクをした。見ないわけにはいかない・・・
以下 余白 帰宅後にカキコする予定
織田の椿は多少軽いが素晴らしかった。この映画の殺陣を撮影するときにどれくらい怪我人が出たのだろうと心配になったが、それよりも淡路修三九段が悪役で出ていたのが印象深かった。(ーー;)
2007年11月17日
#1528 オリヲン座からの招待状
原田芳雄のイメージはなぜか女衒と結びつく。鈴木清順の陽炎座だったか寺山の田園に死すだったかそれとも日活藤田敏八の八月の濡れた砂だったか記憶がぐちゃぐちゃになるのだが、とにかく彼の役柄は禁治産者風で暗くアブナクそれでいてしなやかな印象がある。
原田芳雄でググルと出演した映画は1968年9月17日「復讐の歌が聞える」から始まり、2004年11月13日「ニワトリはハダシだ」まで101本出てくる。100本以上も映画に出ているのに、実際にこれらの作品群のうちおいどんがリアルタイムで見たものは少ない。特に初期の頃はちょいと映画の宣伝が悪趣味で過激でアングラ風なものが多かったせいか、後に名作傑作と評価されたものでも案外見ていない。中期の作品は仕事に追われて見ていない。原田芳雄を見なかったのではなく、映画そのものを見ていないのだ。おそらく時代のアクが強過ぎたせいだろう。http://www.jmdb.ne.jp/person/p0098050.htm
最近見た映画では「父と暮せば」で美津江役の宮沢りえと共演していた。あの映画は哀しかった。原作が井上やすしで元々は舞台劇で、黒木和雄監督の戦争レクイエム3部作の完結編だということも知らずに呆然とスクリーンを眺めていた。この映画では宮沢りえの美しさに目を奪われ、原田芳雄のことはすっかり忘れていた。原田芳雄の匂いを消して、陽気な幽霊父・竹造として完璧に演じていたからだろう。
昨日映画のことをカキコしていたら、無性に映画を見たくなった。お目当ての「呉清源 極みの棋譜」は当地ではまだどこでも上映されていないが、それでも映画館では思ったより遥かに多くの映画が上映されている。館主さんも映画を選ぶのはさぞや大変だろう。家内にひさしぶりに映画でもみるか?というと「オリヲン座からの招待状」を見たいという。本当はシネマディクトの「クワイエットルームにようこそ」を見たかったのだが、この映画は初老の夫婦が仲良く並んで見ることを想定していないようなので「オリヲン座からの招待状」にした。
さて、どんな映画なのだろう。原田芳雄はどんな名演技を披露しているのだろう。そして何より久しぶりに宮沢りえのお姿を拝見できるのも楽しみだ。「クワイエットルームにようこそ」の大竹しのぶは後日一人で見ようと思っている。奈良屋さん、待っててちょんまげ。
かなり寒いが、それでも映画館に出かけたいというくらいの体力・気力が戻ってきている。ウレチイ。(ーー;)
【昭和30年代の京都。館主が亡き後、弟子の留吉は先代の妻トヨとオリヲン座の経営を引き継ぐ。周囲からその関係を非難されながらも、愛し合い、映画館を守り続ける2人だが、映画産業の斜陽化など、時代に翻弄されていく。ベストセラー「鉄道員(ぽっぽや)」に所収された短編をもとにした感動作。美しい京都の町を背景に、伝統ある映画館を守り続けた夫婦の姿を、宮沢りえと加瀬亮が好演する。】
出演者 宮沢りえ 加瀬亮 宇崎竜童 田口トモロヲ 中原ひとみ 樋口可南子 原田芳雄
監督 三枝健起
ジャンル 恋愛ドラマ???
追記 17:30
写真屋に扮した石橋蓮司、8ミリで撮影した映像、自転車のシーン、蛍のカット、駄菓子、つまらない夫婦喧嘩、屋台の雰囲気、板妻の無法松の一生、高峰秀子の大石先生、岸恵子の真知子、川島の幕末太陽伝等色々出ていた。おかげでおなか一杯になってしまったが、皮肉なことに観客の数がまさしく映画の凋落期と同程度だったのがこの映画最大の泣き所かもしれない。50代以上の夫婦@1000円という価格設定は夢のように安いと思ふのだが、青森は貧乏なので映画を見ないのかもしれない。その割に同じ建物内にあるパチンコ屋に人が大勢いたので吃驚した。純愛映画仕立てだったのには更に驚いた。
原田芳雄でググルと出演した映画は1968年9月17日「復讐の歌が聞える」から始まり、2004年11月13日「ニワトリはハダシだ」まで101本出てくる。100本以上も映画に出ているのに、実際にこれらの作品群のうちおいどんがリアルタイムで見たものは少ない。特に初期の頃はちょいと映画の宣伝が悪趣味で過激でアングラ風なものが多かったせいか、後に名作傑作と評価されたものでも案外見ていない。中期の作品は仕事に追われて見ていない。原田芳雄を見なかったのではなく、映画そのものを見ていないのだ。おそらく時代のアクが強過ぎたせいだろう。http://www.jmdb.ne.jp/person/p0098050.htm
最近見た映画では「父と暮せば」で美津江役の宮沢りえと共演していた。あの映画は哀しかった。原作が井上やすしで元々は舞台劇で、黒木和雄監督の戦争レクイエム3部作の完結編だということも知らずに呆然とスクリーンを眺めていた。この映画では宮沢りえの美しさに目を奪われ、原田芳雄のことはすっかり忘れていた。原田芳雄の匂いを消して、陽気な幽霊父・竹造として完璧に演じていたからだろう。
昨日映画のことをカキコしていたら、無性に映画を見たくなった。お目当ての「呉清源 極みの棋譜」は当地ではまだどこでも上映されていないが、それでも映画館では思ったより遥かに多くの映画が上映されている。館主さんも映画を選ぶのはさぞや大変だろう。家内にひさしぶりに映画でもみるか?というと「オリヲン座からの招待状」を見たいという。本当はシネマディクトの「クワイエットルームにようこそ」を見たかったのだが、この映画は初老の夫婦が仲良く並んで見ることを想定していないようなので「オリヲン座からの招待状」にした。
さて、どんな映画なのだろう。原田芳雄はどんな名演技を披露しているのだろう。そして何より久しぶりに宮沢りえのお姿を拝見できるのも楽しみだ。「クワイエットルームにようこそ」の大竹しのぶは後日一人で見ようと思っている。奈良屋さん、待っててちょんまげ。
かなり寒いが、それでも映画館に出かけたいというくらいの体力・気力が戻ってきている。ウレチイ。(ーー;)
【昭和30年代の京都。館主が亡き後、弟子の留吉は先代の妻トヨとオリヲン座の経営を引き継ぐ。周囲からその関係を非難されながらも、愛し合い、映画館を守り続ける2人だが、映画産業の斜陽化など、時代に翻弄されていく。ベストセラー「鉄道員(ぽっぽや)」に所収された短編をもとにした感動作。美しい京都の町を背景に、伝統ある映画館を守り続けた夫婦の姿を、宮沢りえと加瀬亮が好演する。】
出演者 宮沢りえ 加瀬亮 宇崎竜童 田口トモロヲ 中原ひとみ 樋口可南子 原田芳雄
監督 三枝健起
ジャンル 恋愛ドラマ???
追記 17:30
写真屋に扮した石橋蓮司、8ミリで撮影した映像、自転車のシーン、蛍のカット、駄菓子、つまらない夫婦喧嘩、屋台の雰囲気、板妻の無法松の一生、高峰秀子の大石先生、岸恵子の真知子、川島の幕末太陽伝等色々出ていた。おかげでおなか一杯になってしまったが、皮肉なことに観客の数がまさしく映画の凋落期と同程度だったのがこの映画最大の泣き所かもしれない。50代以上の夫婦@1000円という価格設定は夢のように安いと思ふのだが、青森は貧乏なので映画を見ないのかもしれない。その割に同じ建物内にあるパチンコ屋に人が大勢いたので吃驚した。純愛映画仕立てだったのには更に驚いた。
2007年09月29日
#1440 Aretha Franklin & the Blues Brothers - Think
Aretha Franklin singing "Think" as the Blues Brothers dance around in the background in the 1980 film.
2007年03月20日
#1041 兵頭謙次郎さんのこと
パパこと兵頭謙次郎さんは一時期船越英二と名乗っておられた。先日風の便りにお亡くなりになったらしいと聴いたのでパパの語録を思いつくままに記す。いやはや実に気の弱いパパであった。そしておいどんはそんなパパをスクリーンで何度も何度も繰り返し見ている。スクリーンに映し出されるパパは常にドジでお人よしであった。そしてその不器用さはあれから32年経った今も少しも変わらないが、不思議なことに歳月を重ねるごとに輝きを増している。パパは天国でもドジなので大丈夫だろうかと心配になるが、寅さんがいるからどうにかなるだろうと思っている。
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2007年03月13日
#1028 寅さんメモ
『寅次郎紅の花』1995年
♪我んや白浜ぬ 枯松がやゆら 春風や吹ちん
花や咲かん 二人やままならん 枯木心
渥美 清(あつみ きよし、1928年3月10日 - 1996年8月4日)は、日本の俳優
倍賞 千恵子(ばいしょう ちえこ、1941年6月29日 - )は、日本の女優
浅丘 ルリ子(あさおか ルリこ、1940年7月2日 - )は、日本の女優
吉岡秀隆(よしおか ひでたか、1970年8月12日 - )は、日本の俳優
後藤 久美子(ごとう くみこ、1974年3月26日 - )は、日本の女優
下條正巳 1915年8月26日-2004年7月25日は、日本の俳優
三ア 千恵子(みさき ちえこ 1920年9月5日〜 )は、日本の女優
前田 吟(まえだ ぎん、1944年2月21日〜)は、日本の俳優
太宰 久雄(だざい ひさお、1923年12月26日 - 1998年11月20日)は、日本の俳優
佐藤 蛾次郎(さとう がじろう 1944年8月9日〜)は、日本の俳優
関 敬六(せき けいろく、本名:関谷 敬二(せきや けいじ)、1928年3月25日 - 2006年8月23日)は、日本の俳優、声優
夏木 マリ(なつき まり、本名:中島 淳子(なかじま じゅんこ)、5月2日 - )は、日本の女優、歌手
田中 邦衛(たなか くにえ、1932年11月23日 - )は、日本の俳優
神戸浩(かんべ ひろし、1963年5月28日 - )は、日本の俳優
千石 規子(せんごく のりこ、本名;森 礼子、旧姓;酒井、1922年4月29日‐)は、日本の女優
宮川大助1950年10月3日-は日本の漫才師
宮川花子1955年8月28日-は日本の漫才師
笹野 高史(ささの たかし 、1948年6月22日 - )は、日本の俳優
桜井 センリ(さくらい せんり、1930年3月20日 - )は、日本のミュージシャン、コメディアン、俳優
犬塚 弘(いぬづか ひろし、本名:犬塚 弘(いぬづか ひろむ)、1929年3月23日 - )は、日本の俳優、ベーシスト
芦屋 雁之助(あしや がんのすけ、1931年5月29日 - 2004年4月7日)は、日本の喜劇俳優
♪我んや白浜ぬ 枯松がやゆら 春風や吹ちん
花や咲かん 二人やままならん 枯木心
渥美 清(あつみ きよし、1928年3月10日 - 1996年8月4日)は、日本の俳優
倍賞 千恵子(ばいしょう ちえこ、1941年6月29日 - )は、日本の女優
浅丘 ルリ子(あさおか ルリこ、1940年7月2日 - )は、日本の女優
吉岡秀隆(よしおか ひでたか、1970年8月12日 - )は、日本の俳優
後藤 久美子(ごとう くみこ、1974年3月26日 - )は、日本の女優
下條正巳 1915年8月26日-2004年7月25日は、日本の俳優
三ア 千恵子(みさき ちえこ 1920年9月5日〜 )は、日本の女優
前田 吟(まえだ ぎん、1944年2月21日〜)は、日本の俳優
太宰 久雄(だざい ひさお、1923年12月26日 - 1998年11月20日)は、日本の俳優
佐藤 蛾次郎(さとう がじろう 1944年8月9日〜)は、日本の俳優
関 敬六(せき けいろく、本名:関谷 敬二(せきや けいじ)、1928年3月25日 - 2006年8月23日)は、日本の俳優、声優
夏木 マリ(なつき まり、本名:中島 淳子(なかじま じゅんこ)、5月2日 - )は、日本の女優、歌手
田中 邦衛(たなか くにえ、1932年11月23日 - )は、日本の俳優
神戸浩(かんべ ひろし、1963年5月28日 - )は、日本の俳優
千石 規子(せんごく のりこ、本名;森 礼子、旧姓;酒井、1922年4月29日‐)は、日本の女優
宮川大助1950年10月3日-は日本の漫才師
宮川花子1955年8月28日-は日本の漫才師
笹野 高史(ささの たかし 、1948年6月22日 - )は、日本の俳優
桜井 センリ(さくらい せんり、1930年3月20日 - )は、日本のミュージシャン、コメディアン、俳優
犬塚 弘(いぬづか ひろし、本名:犬塚 弘(いぬづか ひろむ)、1929年3月23日 - )は、日本の俳優、ベーシスト
芦屋 雁之助(あしや がんのすけ、1931年5月29日 - 2004年4月7日)は、日本の喜劇俳優
#1027 寅さんあれこれ
昨晩から「あなたが選んだ寅さんアンコール・パート2」と題してNHKBS2で放送が始まった。昨年は前半作品のベスト5を放映したので今回は後半作品のベスト5だ。今回の投票総数は5857でちと少なめである。それによると第1位は当然だが浅丘ルリ子のハイビスカスの花。これは金曜日に放映される。80年以降の作品では群を抜いている仕上がりなので仕方あるまい。他の作品の順位は下記のとおり。
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2006年09月16日
2006年09月02日
2006年08月28日
2006年08月27日
#700 紙ふうせん
紙ふうせんの前身は赤い鳥である。竹田の子守唄とか翼をくださいはそこそこ流行った。竹田の子守唄といえば♪守もいやがる盆からさきにゃ雪もちらつくし子も泣くしだ。翼をくださいなんぞは音楽の教科書に載っている。まあ時代も変わったものだ。
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