2008年05月20日

#1778 トリックスター

 18日の日曜日に都心の一角に木製のトラックが出現し、スプリントグランプリ「トリックスター」が行なわれた。といっても何のことか分からないと思ふ。スプリントは単純に言えば二人の選手が一緒に走ってどちらがゴールに先に入るのかを競う競技で、見た目にどちらが勝ったか分かりやすく、なお且つスリリングな競技である。

 スプリントの世界選手権を1976年から86年まで10連覇したのは中野浩一選手で、この大記録は日本では忘れ去られているがヨーロッパでは中野浩一は最も有名な日本人として知られている偉人である。

 中野浩一は92年に最後まで優勝できなかった唯一の特別競輪・高松宮杯競輪の決勝戦二着を最後に引退した。優勝したのは滝澤正光、三着は井上茂徳で、三人が並んでゴール線に入った時のファンの大歓声を最後に中野は引退し、それと共に競輪も坂を転げ落ちるように衰退したのは周知のとおりである。今でもあのレースを名レースとして一番に挙げる人は多い。競輪の奥深さ面白さを満喫できる素晴らしいレースであった。そして驚くことに滝澤正光48歳は未だに現役の競輪選手で、おそらく滝澤が引退する時は年老いた競輪ファンが大挙してお別れに集結するだろう。滝澤が引退すると競輪事業そのものが終焉を迎えるのかもしれない。今のままならそうなる可能性は高い。

 まあ、そんなたわごとは置いといてトリックスターで優勝・準優勝した選手を紹介する。両者とも今は一流選手だが、競輪学校時代は目立った成績を残していない。選手としてデビューしてから余程精進したと思われる。

 優勝した長塚智広(ナガツカ トモヒロ)選手はご存知の方も多いだろうが、アテネ五輪の銀メダリストで29歳、現役の競輪選手で「身長182.0cm・体重78.0kg・胸囲100.0cm・ウエスト79.0cm・背筋力220.0kg・靴のサイズ30.0cm・競輪学校順位61位・出走数573・優勝26回・勝率30.8%・獲得賞金190,100,600円」である。昨年の出走数は96回であった。おそらくあまり休養するヒマがなかったと思はれる。

 トリックスターの後のインタビューでは【ヨーロッパでは、自転車競技はメジャースポーツで、よくこのようなイベントが行われていると聞いている。こういう機会を通じて、自転車をもっと、特に若い人に見てもらいたい。人間がどこまで早いスピードを出せるか、というスポーツとしての魅力を感じて欲しい。】と述べている。

 準優勝した永井清史(ナガイ キヨフミ)選手は同じく現役の競輪選手で北京五輪の日本代表であり、18日が25歳の誕生日で「身長174.0cm・体重83.0kg・胸囲100.0cm・ウエスト-・背筋力230.0kg・靴のサイズ27.0cm・競輪学校順位19位・出走数313・優勝20回・勝率34.5%・獲得賞金109,353,414円」である。

 トリックスターの後のインタビューでは【自転車競技を間近で見たことがある人は少ないと思うので、そのような人たちの前で自転車競技のスピード感や魅力を伝えることができたので、非常に良かったと思う。】と述べている。

第一回「自転車スプリントGP『トリックスター』in 丸の内」の結果について

 そしてトップアスリートのスピードを間近に見た人があまりの迫力に驚き、「今度は競輪場に足を運んで、競輪を観戦してみたい」という感想を述べている。

 こういう企画を年に一度でも実行できれば、競輪も変わるのかもしれない。競輪選手は実はトップアスリートである、ということを実感して貰えるのは選手にとってもファンにとってもいいことだと思ふ。他の競技と同様、別に金銭を賭けなくとも自転車競技を楽しむことは出来るのだ。とにかく普通の人に競技の迫力を見てもらえなければお話にならない。話はそれからだろう。

 来年も再来年もこの企画が実行されることを望む。

丸の内を競輪選手が駆け抜けた!!北京五輪PR「トリックスター」

【路上で競輪選手が“プロのスピード”を披露―。北京五輪自転車競技PRイベント、第1回自転車スプリントGP「トリックスター」が18日、東京・丸の内で行われた。
 オフィス街に設置された直線の木製走路で、アテネ五輪銀メダリストの長塚智広(29)=茨城=をはじめ、アマ一人を含む8選手がスプリント対決。沿道に集まった約6000人の観客は、ゴールを全力疾走する迫力満点のシーンに魅せられていた。
 首都のオフィス街・丸の内仲通りに、1日限定の自転車走路が出現した。直線300メートル、幅3・5メートルの木製トラック。通行人の目の前で1対1の150メートルスプリント対決だ。歩道ぎりぎりに詰めかけた観客は、間近で見るトッププロのスピードに驚きの声をあげた。
 予選、セミファイナルを勝ち抜き、決勝は長塚と永井清史(25)=岐阜=の北京五輪日本代表選手同士のマッチ。接戦を制して初代“チャンピオン” に輝いた長塚は「五輪まで残り3か月。食事制限などでストレスのたまる時期だったが、解消するいい機会になった。自転車をもっと、若い人に見てもらいたい」と、五輪に向けての抱負を笑顔で語った。
 通りがけに初めて自転車のスピードを“体感”した板橋区の会社員・木下裕介(30)さんは、「ビュンと風を切る音が鳴って、こんなにスピードが出ているとは思わなかった。もっとこのようなイベントを増やしてほしい。今度は競輪場に足を運んで、競輪を観戦してみたい」と、生で見るトップレーサーの速さに魅入られた様子だった。】
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2008年04月04日

#1728 巨人勝つ

 『3連発逆転 原巨人 勝った』『亀井今季初安打が同点ソロ』『由伸33歳バースデー3ラン』『小笠原4安打だ2発だV弾』『今季初打線組み替え大当たりこれが”お目覚め”巨大打線だ』

 以上が本日のスポニチトップの見出しである。開幕以来5連敗だった巨人が6対5でようやく勝ったので随分嬉しそうだ。相手は中日で投手はエースの川上憲伸、7回裏に1対5の劣勢から3ラン、ソロ、ソロとホームランで一挙に逆転したようだ。開幕前の下馬評ではまさかこんなに1勝を挙げるのに苦労するチームには見えなかっただけに、原監督も吃驚だったろう。胃袋あるいは大腸小腸の調子も少しはよくなったんじゃないだろうか。昨夜は久しぶりに熟睡できたことだろう。何しろ嘗ての人気チームだけに、これまでのスポニチの見出しは強烈だった。

5連敗にGファンブチ切れ「金返せ!」(2008年04月03日)
上原でも勝てなかった…巨人開幕4連敗(2008年04月02日)
渡辺会長ご立腹「二度と見に来ない」(2008年04月02日)
上原 先発で連敗ストッパーになる!(2008年04月01日)
巨人開幕戦の平均視聴率は史上最低(2008年04月01日)
足すくわれた!巨人 想定外の3連敗(2008年03月31日)
巨人 つなぎも守備もボロボロ(2008年03月30日)
もう不安要素が…二岡、足に張りで交代(2008年03月29日)

 たかだか5連敗した程度で「金返せ!」と叫ばれるのでは監督業はやっていられないが、金銭的に他のチームを圧倒した大金満チームなので、貧乏人が罵倒して溜飲を下げたい気持ちが分からないわけではない。

 確かに今季の補強メンバーを見ると

 グライシンガー 昨年ヤクルトで30試合に登板し16勝8敗・防御率2.84の最多勝投手。
 クルーン 昨年横浜で3勝1敗・31セーブを挙げた最速男。
 ラミレス 昨年ヤクルトで144試合に出場し打率.343・本塁打29本・打点122を挙げた強打者。

 と、エースと抑えのエースと4番打者を補強したので強そうに見える。

 そしてざっとメンバーを眺めると

 小笠原道大 日ハムが日本一になった時の4番打者で通算打率.319・ベストナイン5回。
 李スンヨプ ロッテが日本一になった時の4番打者で通算ホームラン115本(韓国で324本)の強打者。
 谷佳知 オリックスで貴重なリーディングマンを努めていた男で、通算打率は.301で守備力が抜群。

 という具合に着実な補強をしており、巨人生え抜きの上原浩治・高橋尚成・木佐貫洋という優秀な投手、野手では二岡智宏・清水隆行・高橋由伸という素晴らしい選手がいるので磐石の態勢で今シーズンを迎えたと思ったが、あっという間に開幕5連敗である。チームで戦う勝負事は戦力を少し補強したくらいではなかなか勝てないとしたものだ。結局野球は守備力が勝敗を分けることが多いので、各チームのエースと4番バッターを掻き集めたからといって必ず勝つとは限らない。それだけ複雑な側面を持つので面白いのだ。

 しかし昨晩日ハムのダルビッシュの見事な投球を見ていたら、来季はダルビッシュが巨人のユニフォームを着ているような気がして、軽い眩暈を覚えた。まさかとは思うが、未だにエースを補強すれば簡単に優勝できると思いこんでいるオメデタイ人がいるような気がして仕方ないのであった。

 楽天7連勝 オメ 
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2008年03月30日

#1723 東京オリンピック

 三波春夫の唄う「東京五輪音頭」に乗って東京にオリンピックがやってきたのは1964年10月10日のことで、国立競技場の聖火台の階段を坂井選手が駆け登る姿は今でもハッキリと覚えている。♪ハアー(ソレ)あの日ローマで ながめた月が(ソレ トトントネ)きょうは 都(みやこ)の 空照らす(ア チョイトネ)♪・・・あの名調子に乗ってブルーインパルスが紺碧の空を飛び交い上空に五色の五輪の輪を描いたときは激しく興奮した。当時は中学二年生だったので、開会式の模様を学校のTVで見たのだろう。色つきの映像で記憶の中枢に刻み込まれているから既に時代はカラーテレビになっていたはずだ。

 10月10日の開会式から10月24日の閉会式に至るまでありとあらゆる競技を見た記憶がある。勉強なんかそっちのけで夢中になってTVに齧りついていたのだろう。東京オリンピックが終わってからも長い間ボブ・ヘイズが正面を向いてスターターに足を掛けスタートを切る瞬間のポスターが自分の机の前に貼られていた。市川崑監督の記録映画「東京オリンピック」は学校ぐるみで生徒全員が映画館に赴いて鑑賞した記憶がある。ボブ・ヘイズのポスターはその映画のあとに貼られたのかもしれない。

 東京オリンピックにあわせてニュースは氾濫した。やれ代々木に選手村が出来ましたとか、東海道新幹線が開業しましたとか、高速道路が完成しましたとか、とにかく連日連夜報道された。代々木の選手村は広大な敷地に4階建ての建物で、一度はこんなところに泊まってみたいと思ったものだが、後年研修やら学会やらで利用することになったのは感慨深い。東海道新幹線の列車は当時青森駅から上野まで乗車する列車とあまりにも姿が違うのに驚いたが、これも後年東北新幹線となった。高速道路も然りで、当時の最先端は今の常識になったが、いずれにしても見たことも聞いたこともない近代的な設備やら建造物の出現に驚いたものである。調べるとオリンピックに合わせてホテルニューオータニ、ホテルオークラ、東京ヒルトンホテル、東京プリンスホテルも開業しているのだったが、これらのホテルには未だに宿泊していない。おいどんの財政事情が宿泊を許さないからである。日本は豊かになったのだろうが何事にも例外はある。(ーー;)

 そしてオリンピックと言えば金メダルで、東洋の魔女とかアベベとかヘーシンクとか鉄棒とか体操とかレスリングの三宅とかチャスラフスカとかドン・ショランダーとかの名前が脈絡もなく浮かんでくるのだったが、やはり何といってもマラソンの円谷幸吉が首を振りながら苦悶の表情を浮かべて走る姿が最も強烈に印象に残っている。彼は銅メダルだったが今では信じられないぐらい日本中の賞賛を浴びた。そして後年「父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。干し柿、餅も美味しゆうございました...」という遺書を残して自死したのには驚き且つ涙を禁じえなかった。それから2年後の三島の切腹を見るまで最も驚いた出来事である。

 記録を読むと【東京オリンピックの開催期間には、1964年10月14日のフルシチョフ解任、10月16日の中国初の核実験など国際的事件が次々と起こった。これにより、世界の注目を奪われた面もあると考えられる一方、激動の世界情勢を反映する場として注視の的になるという面もあったようである。この大会は第二次世界大戦後の「日本の復興」を象徴するのみならず、これらの事件とともに世界史の一つの転換点であった】とあるように日本の復興を象徴する大イベントであったことは間違いないが、そんなことよりも各種競技において世界最高峰のトップアスリートが披露する信じられないスピード・パワー・美しさに驚いたものである。そしてその感動は東京オリンピックが終わって44年経過した今も古びた脳細胞にきっちりと刻まれている。若い脳細胞に与えるインパクトが余程強かったと思われる。

 中国の若者達にもオリンピックの感動を味わって貰いたいものだが、今の情勢ではかなりムズイ。

 オリンピックは確かに一種の国家プロパガンダかもしれないが、競技そのものが若者に与える感動・影響は、国家の思惑を超えた別のものであろうと愚考するのである。
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2008年03月28日

#1720 スプリント1回戦敗退

 北京オリンピックのチームスプリントとスプリントとケイリンの出場枠を確保して安心したわけでもあるまいが、残念な結果である。渡辺一成・北津留翼・永井清史という選手が日本では極めて優秀な選手であることを考えると、やはり世界の自転車競技は恐ろしくハイレベルだなあと感嘆せざるを得ない。中野浩一が世界自転車選手権プロスプリントで1977年から1986年まで10連覇したのが夢のようである。

 囲碁もそうだが自転車もどんどん世界レベルから取り残されていっているようでとても残念だ。男子プロテニスの錦織も2月にデルレイビーチ国際選手権でブレイクを破って優勝した後は、はっきり言って泣かず飛ばずだ。まだまだ世界のトップ100に入るには道が遠い。日本のマスコミがテニスの王子様などという軟弱な呼び方をするから、こんな体たらくになるのではなかろうかと毒づきたくもなる。スマソ。

 そして今回出場した三選手は、日本で毎日のように開催される競輪(驚くべきことにこの競技はシーズンオフがない)では

渡辺一成24歳:デビュー03/07/07・出走数296・1着89回・優勝14回・通算獲得賞金97,227,000円
北津留翼22歳:デビュー05/07/01・出走数193・1着75回・優勝9回・通算獲得賞金70,690,800円
永井清史24歳:デビュー03/07/15・出走数313・1着108回・優勝20回・通算獲得賞金109,353,414円

 という日本の競輪では抜群の成績を誇る若者達である。この三人をもってしても1回戦で敗退するとは考えにくいが事実だから仕方がないが、せめてチームスプリントとケイリンではもう少しいい成績を残して溜飲を下げさせて貰いたいものである。

 それにしても中野浩一は偉大だったなあとシミジミ思ふのであった。(ーー;) 

男子チームスプリント結果
優勝フランス 43秒271
2位グレートブリテン 43秒777
3位オランダ 43秒718
・・・
8位日本 45秒031


日本3選手1回戦敗退 自転車世界選手権男子スプリント
 【自転車トラック種目の世界選手権第2日は27日、英マンチェスターで男子スプリントがあり、日本からは国際自転車競技連合(UCI)ランク7位の渡辺一成、06年アジア大会覇者の北津留翼、永井清史(いずれも日本競輪選手会)が出場。3人とも予選を通過したが、すべて1回戦で敗退した。
 日本は第1日に、北津留、渡辺、永井でのぞんだチームスプリントで五輪出場枠を確保。これに伴い、スプリントとケイリンの枠も一つずつ獲得している。】
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2008年03月24日

#1715 シャラポワの連勝18で止まる



 シャラポアが今年の全豪オープンで完成度の高いテニスをしていたので暫くは負けないだろうと思っていたが、いつのまにか18連勝もしていたのだった。まあ連勝記録はいつか止まるものだから仕方がないが、1セットダウンからイーブンにもっていって最終セットまで戦って負けたのでそんなに落胆することもないだろう。しかも相手が同郷のクズネツォワなら諦めもつくというものだ。

 スベトラーナ・クズネツォワは旧ソ連でも有名な自転車競技一家に生まれ育ち、父親は著名な指導者、母親は元世界選手権優勝者、兄はアトランタ五輪銀メダリストで、本人は7歳から始めたテニスを職業に選んだ変り種である。2004年に全米オープンを制したときは逞しい大腿部と下腿部に目を奪われたものだ。あれはひょっとすればアスリートとしては素晴らしいが若い年ごろのお嬢さんとしてはきっと悩みがあるだろうと思われた。身長は174センチと小柄だが、体重が73キロと女子にしては重く、きっと骨量と筋肉量が男性並みに多いのではなかろうかと思われた。その体躯を駆使してハードヒットするとさしものシャラポワの怪力も捻じ伏せられることは十分考えられるので、シャラポワがクズネツォワに負けてもそんなに驚いてはいない。それにまだまだこれからシャラポアは強くなるので近い将来もっととんでもない連勝記録を叩き出すだろう。

 18連勝という言葉で思い出したのは、94年に吉岡稔真が成し遂げたS級18連勝という不滅の大記録である。あの頃の吉岡は強かった。実際その年の当地の記念競輪で吉岡が師匠の中野浩一と同乗したとき、連日吉岡の人間離れしたスピードにファンは興奮し、4コーナー出口から長い直線に入りゴール線上では結局師匠がタイヤ差だけ差しているという藝術を見せ付けられてさらに驚愕したものだった。あのとき間近で見た吉岡は輪界の大スターとしてキラキラと輝いていた。あれが競輪の全盛期だったのかもしれない。

 あれから14年が経過し、昨日は静岡で第61回日本選手権競輪の決勝戦が行われた。当地ではテレビ放映もなくネットで観戦するだけだが、映像は乱れに乱れて十分に醍醐味が伝わってこなかった。しかし連日驚異的な4倍速ギヤで疾走する山崎芳仁の姿を見て、脚質は違うものの吉岡の姿と重なるものがあった。小嶋敬二という大腿部周囲が74センチの怪物と4倍速ギアの山崎の決勝戦は見ごたえがあった。でも優勝したのは地元の渡辺晴智で二着は小兵合志正臣。晴智オメ!この二人も素晴らしかった。皮肉なことに展開次第で最も強いものが勝つとは限らないのが競輪だ。そこに博打としての要素があるが別に大金を賭けなくとも競輪は楽しめるのだ。

 今の競輪界で一番必要なものは当時の吉岡のようなスターの存在だろう。スターが出現するためには、少なくとも一流選手が疾走する姿を一般の人の目に触れる媒体で流さないとどうにもならないと思ふ。競輪選手を博打の駒でなく、一流のアスリートとして認知させる努力をしないと競輪は衰退するばかりだろう、と危惧するのだ。

 それとも山崎がこれからS級で18連勝をすると少しは競輪もニュースになるのかなあ、と思った次第である。
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2008年02月25日

#1684 東アジアサッカー選手権

 調べると東アジアサッカー選手権の前身は1990〜1998年に開かれたダイナスティカップのことで、2003年に第1回大会を日本で開催し、以後2年ごとに日本、韓国、中国の3か国持ち回りで開催されている。2005年韓国大会から、女子の部として東アジア女子サッカー大会(EAFF WOMEN'S CUP)が新設され、この大会と平行開催されている。またこの2005年大会から男子・女子の勝ち点合計で争う男女総合優勝の表彰が行われる、となっている。全然知らなかった。

 男子の部はシードの日本、韓国、中国の3か国を除いた6チームによりセントラル方式の予選大会を実施。上位1チームが決勝大会進出。東アジアサッカー連盟に加入している6チームとは、グアム・北マリアナ諸島・チャイニーズタイペイ・香港・マカオ・モンゴル・北朝鮮のことである。あれれ7チームだが気にしない。

 偶然に中国と日本の試合を観た。確か先週のことだ。試合をみて吃驚仰天した。サッカーの試合のようであり、ただの蹴り合いの喧嘩のようであり、グラウンドでは乱暴狼藉の限りを尽くしているように見えたが少しも主審の笛は鳴らず、怪我人続出であった。これがサッカーなのかと目を疑った。

 まさかこれが「東アジアサッカー選手権」という国際試合だとは俄かに信じられなかったが、このAFPBBニュースを読んで少し納得した。サッカーの名を借りた暴力行為がなされていたということらしい。こんな行為がしばしばあるようでは、サッカーをスポーツとしてとても認められない。フェアプレイという精神はサッカーにはないのだろうか?

 こんな試合が続くようだと日本はそろそろ東アジアサッカー選手権と縁を切ったほうがいいと思ふ。

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2008年02月14日

#1671 バレンタインの贈り物

 ご存知のように競輪の売り上げは平成3年に1兆9553億4012万を記録してから坂を転げ落ちるように減り続け、ついに平成18年は8610億5948万で、平成3年を100とすると平成18年は44である。何と、15年の歳月をかけて売り上げは全盛期の半分以下になった。でもこれは社会全体が下向きなので仕方がない。バブルは悪い夢であったとあきらめよう。

 特別競輪の売り上げも同様である。目を覆うばかりの惨状でこのまま競輪事業が地上から消えてしまうのではないかと心配になる。

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 しかし、競輪そのものは推理を楽しむ高級遊戯として昔から今まで君臨しているのは事実で、単に車券が当たった外れたという結果だけを求めるせっかちな若年層には元々馴染まない遊びである。並びを考え選手の体調気合を考え、場合によっては選手同士の人間関係までを考慮した上で展開を推理し、バック線を通過するのは誰、3角捲くりを打つのは誰、ブロックするのは誰、番手捲くりを打つのは誰、4角を出てから直線伸びるのは誰、という具合に勝手に推理して、仮にその推理がほぼ完璧だったとしてもゴール線を通過するときはほんの僅かにズレル、というのが競輪の醍醐味である。まあ、選手にしても毎回1着ばかりを狙っているとは限らないので結果はなかなか的中しない。毎度毎度落車してツライ思いをするのは誰しもイヤだろう。そして時代はいつのまにか三連単になり的中はますます困難になった。しかし、どんな賭式でも客に7割5分は返すので公営競技はある意味良心的である。そしてほうきゅうさんのように客の推理の裏をついて年間多大な利益を上げる達人も確かに存在するが、それはごく例外的少数である。博打は負けるのが基本である。

 年季の入った客はレースが的中しなくとも騒がず慌てずじっと我慢の子を決め込む。たまに的中すると儲けの多寡にかかわらず「運が良かった」とほくそ笑む。一緒に競輪を打つ友人がいれば互いに推理を語り合って楽しむことも出来る。実に競輪という遊びは手間ヒマがかかり、本来がヒマな年寄り向きの遊びである。とにかく競輪場の出走表が発表された時点から推理は始まるので、楽しむ時間は極めて長い。そして競輪を楽しむのは捨てる銭を持った遊民が最も適している。運のいいことに今後遊民が激増するのは明白である。

 だから考えようによっては今年から始まる団塊世代の大量退職者を上手に競輪に誘導すれば、競輪はきっと息を吹き返すだろうと睨んでいる。そもそも団塊世代はクドイ遊びが好きなのでその要素は十分にあると思ふ。素敵な誘導があればきっと目を向けるだろう。いでよ素敵な先頭誘導員!

 今日はバレンタイン記念日。おそらく競輪主催者は団塊世代を競輪に引きずり込むとっておきの「バレンタインの贈り物」を考えているだろう、と思って雑文をカキコした次第である。(ーー;)

参考文献:K−CIA

2008年度 GP・G1・G2開催日程
01月24日(木) 〜 01月27日(日) 第49回競輪祭朝日新聞社杯争奪競輪王決定戦 小倉競輪場
02月22日(金) 〜 02月24日(日) 第7回東西王座戦 別府競輪場
03月18日(火) 〜 03月23日(日) 第61回日本選手権競輪 静岡競輪場
04月19日(土) 〜 04月22日(火) ふるさとダービー 弥彦競輪場
05月31日(土) 〜 06月03日(火) 第59回高松宮記念杯競輪 大津競輪場
07月05日(土) 〜 07月08日(火) 第17回寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント 前橋競輪場
07月19日(土) 〜 07月20日(日) 第4回サマーナイトフェスティバル 四日市競輪場
08月23日(土) 〜 08月26日(火) ふるさとダービー 福井競輪場
09月11日(木) 〜 09月15日(月) 第51回オールスター競輪 一宮競輪場
10月10日(金) 〜 10月13日(月) 第21回共同通信社杯競輪 久留米競輪場
10月31日(金) 〜 11月03日(月) ふるさとダービー 広島競輪場
12月06日(土) 〜 12月09日(火) 第24回読売新聞社杯全日本選抜競輪 西武園競輪場
12月30日(火)         KEIRINグランプリ08
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2008年01月30日

#1648 ハンドボール

 聞くところによると日本と韓国の対戦成績は過去4勝1分35敗で勝率1割、10回戦うと9回負けてきたという実績があり、しかもスコアを見ると勝つときは僅差、負けるときは大差ということが多い。

 結局「【1月29日 AFP】ハンドボール、2008年北京五輪アジア予選(再戦)・女子、日本vs韓国。試合は日本が21-34で韓国に敗れ、北京五輪出場権をかけて世界最終予選へと回ることになった。一方、勝利した韓国は北京五輪の出場権を獲得した。(c)AFP」という至極まともな結果で終わったが、昨日のスポニチを読むと、ハンドボールの基礎知識が掲載されており、コートサイズ・競技時間・競技人数・得点・反則などについて細かな説明がなされていた。要するにハンドボールの観戦の仕方或いはハンドボールの楽しみ方を紹介していた。実に親切なことである。

 カーリングの時も感じたが、マスコミが取り上げると人気が上がるのか、人気があるからマスコミが取り上げるのか分からないが、とにかくマイナー競技にある日突然フィーバーが生じることがある。そして大勢の人が一度にその競技の楽しさを知ることになったりする。凄いなあ。

 今回はオリンピックの出場権を巡って奇妙な騒動が起こり、マスコミが大騒ぎしたことによりマイナー競技の代表であるハンドボールの試合に大勢の客が押しかけたということだろう。

 マスコミの力恐るべし、と改めて強く感じた。

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2007年12月30日

#1605 KEIRINグランプリ 07

 勝てば賞金1億円の大仕事、KEIRINグランプリの出走まであと10時間となった。でも優勝賞金を獲得するのは選手であって客じゃない。投票券は安方の場外売り場で発売しているが、枠複だと18通り、車複だと33通り、車単だと72通り、三連複だと84通り、三連単だと504通り買えば必ず当たるという善意に満ちた一種の宝くじでもある。配当が購入点数より高ければ喜び、低ければ残念無念と悲しむことになる。

 昨日はヤンググランプリという前座のようなレースが行われ、6点の購入で偶然当たった。レース結果は最も強い選手が順当に勝ち、2着はその後ろを回った選手で、3着は別線の力のある選手が大外から飛び込んで来た。【周回は新田祐大−飯野祐太、菊地圭尚−明田春喜、松田優一−志村太賀、坂本亮馬−小川勇介−松岡貴久。赤板前に松田が上昇開始。しかしすかさず坂本が上昇し巻き返す。新田を押えた坂本は先頭に立つが、坂本が引くと松田が最終ホーム前から、一気にかまし志村まで出来る。その後ろを選択した菊地は最終3コーナーから捲ってでそのまま押し切り優勝。2着は接戦で明田。3着に飯野。】というレースだった。頭を1と決め、2着3着はこれとこれとこれだろうという適当な推理のもとに買ったら当たった。専門的な表記をすると1-579-579で結果は179である。写真略。当たったから言うわけじゃないが我ながら恐ろしく順当な買い方だ。でも長く競輪を楽しむためにはこういう買い方では必ず負けるとしたものだ。お薦めしない。

 当然だがKEIRINにもマーフィーの法則がある。「複数点を購入すると最も配当の低いものに当たる」という法則だ。このレースも例外ではなかった。購入した6点の配当を調べると157が66.6倍、159が52.4倍、175が29.6倍、179が18.5倍、195が43.3倍、197が32.7倍で、的中した179の配当は堂々の1番人気で最も安い。マーフィーの法則恐るべし、だ。でもこれは大勢の客が推理した結果とほぼ一致した、ということで客の選手を見る目は冷静且つ正確であるということの裏付けだ。競輪の客は見場は悪いが大事なお金を賭けるので案外慎重で賢い。そしてレース展開が順当であれば選手の力量通り順当な結果になりやすいのが競輪の特徴であるが、いつもそうとは限らない。

 客の推理した展開とレース展開が大きく乖離するレースも当然ある。多くのレースを眺めると概ね2割から3割が順当な展開、他の7割から8割は客の推理を欺く少し意外な展開である。展開が全く予想外だと当然配当も高くなる。これが穴と言われるものだが、実は全レースを通して見れば本線より穴の方が多いのが競輪だ。だから確率からいっても順当な展開ばかりを考えて穏健に買っているとなかなか勝てない。当たっても配当負けをすることもある。そして時々的中してもマーフィーの法則により惨敗する。

 本線勝負で勝つためには10個あるレースのうち順当なのはどのレースかを取捨選択し、1日に1個か2個のレースに絞って勝負する以外にない。或いは今日は勝負できるものがないから見にしましょうと決断する勇気が必要だ。しかし現実にはどのレースが順当におさまるかを推理するには相当な年季がいる。だから、大概の客はなかなか勝ち組に回ることはできず、寺銭の2割5分を主催者に支払い続けるという結果になる。でもそれはそれでいいのだ。客の投じたお金はその地域の貴重な財源となり社会の役に立つ。競輪の客はもう少し胸を張ってもいい。結局、競輪は遊びであって金儲けの手段としては割に合わない。金を儲けようとするならコツコツと地道に働くのが一番の近道である。

 で、今年のグランプリはどうするかを決めなければならない。年に一度のお祭りなので家族揃って毎年参加しているのだ。今年の人気は当然山崎の頭だろうが、社長も人間離れした力があるし、友和もいつもいつも山崎に惨敗したくはないだろう。今日ばかりはきっと意地を見せるだろう。有坂はこの日のために調整レースを十分こなしたし、伏見は誰が何と言っても勝つために最善最良の作戦に出るだろう。手島はほんの少しでもコースがあけば突っ込むだろうし、兵頭も同じ思いだろう。ハルトモは小嶋の後輪を見て全てを小嶋に任せて心中する気だろう。飯島は師匠の言葉どおり周回中に客の顔を眺める余裕があれば、伏見の後ろから突き抜けてくるかもしれない。要するにこのKEIRINグランプリは3連単の数と同じ504通りの展開予想が成り立つ。そしてどんな結果になろうとも終わってみればやはりそうであったかと客は臍を噛む。毎年のことなので慣れたが、心臓のためには甚だ良くない。

 だから、今年のグランプリは枠複18点の全点買いにする予定だ。宝くじと違って必ず当たるし、18倍以上の配当がつけば勝つ可能性もあるので気楽なものである。とりあえず、こういうアフォな買い方を「臆病買い」と命名した。(ーー;)
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2007年12月15日

#1581 薬物汚染

 ウィリアム・ロジャー・クレメンス(ヤンキース)
 バリー・ボンズ(ジャイアンツ)
 ジェーソン・ジアンビ(ヤンキース)
 ゲーリー・シェフィールド(タイガース)
 ミゲル・テハダ(オリオールズ)
 アンディ・ペティット(ヤンキース)

 MLBの英雄達の名前が薬物汚染にまみれている。このクラスの選手の名前が出てくるということはMLB全体が汚染されていることは間違いないだろう。しかも記事中には【ミッチェル元議員はまた、MLB入りを目指す多くの子どもたちがステロイドを使用しているとして、薬物汚染の根深さを指摘した。】とある。

 ここまで放置してきたMLBは崩壊・消滅するしかないだろうと思う。MLBが崩壊すればそのうちNPBも崩壊するだろう。

 全く残念なことである。

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2007年11月25日

#1546 花月園決勝

 結局花月園決勝は2山崎芳仁−5佐藤友和−7中村浩士で決着がつき、車単2-5は2番人気の940円、三連単2-5-7は24番人気の9,050円であった。グランプリを控え色々な思惑が飛び交うなか、それなりに面白い決勝戦であった。印象としては山崎の強さが際立っていた。今はネットでライブ中継があり、場外発売は全国ネットで行われているのでどこでも気軽に楽しめる。気がつけば実に便利な時代になったものだ。グランプリ以外は基本的に「見」にしているのだが、運試しに少し遊んでみた。安方の場外売り場はオヤジ達で結構盛況だった。皆明るく楽しそうな表情をしていた。まだレースが始まっていないので、負けた人は皆無なのだ。

 こんな予想がある。カキコされたのは2007/11/25(日) 11:39:44 と記録されている。

 花月園決勝戦展望【後ろに義理も無ければ援護も期待できない山崎の動向】
 作戦が無い限り周回は山崎か村上が前攻めになりそう。友和が打鐘付近から上昇しスローに落とす。村上は合わせて踏みながら中団確保を目論見そう。ホームから全開の友和に対し、山崎も6番手から一気に捲る展開だ。
 山崎目標の両者は打鐘前から競りが始まってる筈で、山崎の仕掛けに千切れる公算が大。山崎は1周を22秒を切るスピードで前団に追いつき最終4Cでは単騎先頭に出てるだろう。
 山崎の負けるパターンは@引けない展開で内に詰まってしまうAもつれて中団が大きく車間を開けてしまうくらいか。有坂も素通りさせるだろうし。後ろに義理も無ければ援護も期待できない山崎が逃げる事は考え難く、山崎が単騎捲って2・3着は前残りと、山崎不発で友和のカマシ逃げの2パターン買えば万全だろう。2-158-1358強め、1=5-238抑え。

■決勝リプレイ
 号砲とともに山田裕仁が飛び出して、レースは誘導以下、村上義弘−山田、佐藤友和−有坂直樹−中村浩士、山崎芳仁−小橋正義・小野俊之(並走)−大竹慎吾、で周回を重ねていく。赤板前から山崎が上昇を開始すると、村上はすんなり引く。これを見た佐藤が打鐘から一気の先行策に打って出る。村上は中団を確保して、最終ホームは佐藤−有坂−中村、村上−山田、山崎−小橋正義・小野俊之(並走)−大竹慎吾で通過。最終バックで村上が捲りを放つが、有坂の牽制もあって、4コーナーまで粘るも失速。佐藤が逃げきりの態勢を作るが、最終2コーナーから踏んでいた山崎が大外一気の強襲を見せて優勝。2着に佐藤が逃げ粘り、3着に3番手から有坂を交わした中村が入線した。入線は257198364。

 ほとんどカキコされた展開と同じだ。大変な眼力だと思ふ。
 
 しかし、買い目は【2-158-1358・1=5-238】で、レース結果は【2-5-7】だから、残念ながらハズレだ。

 仮に車単で2-158を押さえると3点、三連単で2-158-1358は9点、1=5-238は6点なので合計18点になる。全て均等に購入すると18点の投資で回収できたのは車単の9.4なので回収率は約半分。しかし【2-158-1358 強め】と書いてあるので用心深く2-158に厚めに張っていると少しは浮いたかもしれない。展開予想をこれだけ的確に推理できてもなかなか思うような利益が出ないのが競輪だ。競輪で一番難しいのは展開予想と同じくらい買い目の比重かもしれない。でもそんなことを考え始めると推理に要する時間が膨大になり、人生の大半を競輪に捧げることになるだろう。それはそれでひとつの見識かもしれないがいささか寂しい人生だ。

 ちなみにおいどんの車券は何の推理もない三連単、小橋−山崎−ALLで、@100、見物料は700円であった。推理を放棄した宝くじ方式なので気楽なものである。

 競輪は難しいものだとつくづく思ふ。勝ちを求めず、気楽にインスタント宝くじとして楽しむのが「吉」かもしれない。結局どんな方法で楽しんでも胴元に2割5分還元されるのである。

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2007年11月14日

#1524 AFCチャンピオンズリーグ2007決勝

 子供達がいなくなってからあまりサッカーを見ることはないのだが、黄色と赤の選手達は非常にレベルが高い動きをしているような気がする。あっという間に左のサイドから右のサイドにボールが動いたり、シュートで打ち出されるボールのスピードが半端じゃなく速い。これは何の試合だろうと思って番組表を眺めると「AFCチャンピオンズリーグ2007決勝」とある。今のところ1-0で浦和が勝っている。実に目の覚めるような素晴らしいゴールであった。しかし素人目に見ても黄色い軍団は相当強いので、浦和が勝ちきるのは容易ではないだろう。

 LG杯・世界棋王戦では李世石九段(韓国)対張栩九段(日本)229手黒番中押勝ち、温昭珍三段(韓国)対河野臨九段(日本)172手白番中押勝ちという結果だった。いずれも韓国の棋士に討ち取られている。12日に打たれているのだがちっとも知らなかった。がっかりだ。フー

 やはり国際試合は勝たなければ面白くない。応援のし甲斐がない。 
 
 だから改めて気合をこめて浦和ガンガレと言ってみる。

 寝る。

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2007年11月13日

#1523 稲尾和久

 稲尾和久の新人王の記録は21勝6敗、防御率1.06である。伝説の日本シリーズには6試合に登板し4勝2敗であった。

第1戦 1958年10月11日(土)後楽園 
◇開始 13時35分 ◇試合時間 3時間2分 ◇有料入場者 35,217人
◇審判 島(球)、横沢三(一)、津田(二)、上田(三)、円城寺(左)、浜崎(右)
4回失点3自責点2で敗戦投手

第2戦 1958年10月12日(日)後楽園
◇開始 13時30分 ◇試合時間 2時間21分 ◇有料入場者 35,953人
◇審判 二出川(球)、円城寺(一)、横沢三(二)、筒井(三)、上田(左)、津田(右)
登板なし

第3戦 1958年10月14日(火)平和台
◇開始 14時02分 ◇試合時間 2時間 ◇有料入場者 31,575人
◇審判 筒井(球)、二出川(一)、円城寺(二)、浜崎(三)、島(左)、上田(右)
9回完投失点1自責点1で敗戦投手

第4戦 1958年10月16日(木)平和台
◇開始 14時01分 ◇試合時間 2時間17分 ◇有料入場者 27,044人
◇審判 横沢三(球)、津田(一)、上田(二)、島(三)、浜崎(左)、筒井(右)
9回完投失点4自責点4で勝利投手

第5戦 1958年10月17日(金)平和台
◇開始 14時05分 ◇試合時間 2時間34分 ◇有料入場者 25,193人
◇審判 円城寺(球)、上田(一)、筒井(二)、二出川(三)、津田(左)、浜崎(右)
7回失点ゼロ自責点ゼロで勝利投手

第6戦 1958年10月20日(月)後楽園
◇開始 14時10分 ◇試合時間 2時間3分 ◇有料入場者 31,745人
◇審判 浜崎(球)、筒井(一)、二出川(二)、円城寺(三)、横沢三(左)、津田(右)
9回完投失点ゼロ自責点ゼロで勝利投手

第7戦 1958年10月21日(火)後楽園
◇開始 13時33分 ◇試合時間 2時間23分 ◇有料入場者 20,961人
◇審判 島(球)、横沢三(一)、津田(二)、上田(三)、円城寺(左)、浜崎(右)
9回完投失点1自責点1で勝利投手

 鉄人稲尾和久の残した膨大な記録を眺めながら、早すぎる死を悼んでいる。

 特にこの日本シリーズは熱狂してニュースを見た。程なくして記録映画にもなったので何度もスライダーの鋭い曲がりを見て投げ方を真似た。

 子供心にどうして自分は漁師の子供に生まれなかったのかと大いに悔しかった記憶がある。

 合掌

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2007年10月29日

#1491 岡島

 このシリーズ最大の功労者は間違いなく岡島投手だと思ふ。

 お疲れ様でした。
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2007年10月28日

#1488 松坂勝つ

 5回の責任登板を終えた時点でスコアは6−0。松坂が自分でも2点タイムリーを打ち、テンポ良くキレのある速球を低めに投げていたので安心して昼飯を食べに外に出た。昼食後に村川四段と河野臨天元の対局を見たが、中々の熱戦で迫力があった。しかし、さすがは現役天元、相手に存分に打たせて仕留める横綱相撲のような碁であった。見応えのある碁が終わってから衛星放送にチャンネルを合わせるとまだMLB決勝7番勝負の試合後の雑談をしていた。野球の放送は午前9時10分に開始し、碁の放送が終わったのが午後2時である。放送開始から延々5時間経過してもまだだらだらと放送しているのに驚いた。この調子で一度でいいから現在行われている名人戦もだらだらと終局まで完全中継してくれたら、いやーNHKもタイシタモンダとBLOGにカキコできるのになあ、と思ったのはおいどんだけではないだろう。せめて名人戦第6局は試合終了まで完全中継してホスイ。名人戦第6局は11月1,2日に山梨県甲府市の常磐ホテルで打たれることを教えてあげます。ちなみに第32期名人戦七番勝負の対局者は高尾紳路(たかお・しんじ)名人と挑戦者張栩(ちょう・う)碁聖でゴワス。(:D)┼─┤

 まあ、それにしてもポストシーズンに入って2勝を挙げた松坂が一番ほっとしていることだろう。なんたって100億円だからなあ・・・
 
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2007年10月21日

#1476 松坂

 ニュースによるとMLBプレーオフ、ア・リーグ優勝決定シリーズ第6戦でレッドソックスがインディアンズを大差で制した。プレーオフはまさかと思われた第7戦にもつれ込み、いよいよ真打ち松坂の登場と相成った。

 今年レッドソックスに入団したとき大金が動いたようだが、今まさにその真価を問われる舞台が出来上がった。こういうめぐり合わせはやはり並みの投手にはないものを感じる。言ってみれば松坂の持っている「運」かもしれない。

 最高の桧舞台でどんな力投を披露するか、それとも必死になって松坂を崩しに来るインディアンズが呵呵大笑するか興味は尽きない。

 レッドソックスにとってもこの瞬間のために未知の松坂に大金を投じたのだと胸を張って言えるかどうかの瀬戸際だ。

 そんな試合があと12時間経過すると始まる。松坂は集中力を切らさずに淡々と試合を待つことだろう。そしてきっとベストコンディションで試合に臨むことだろう。

 こんなに長時間集中力を切らさずに待つことが出来るプロという集団はつくづく凄い存在だなあ、と改めて思ふ。

posted by あど at 21:05| 青森 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

#1447 相撲

 相撲協会が自浄できない組織であることは今まで様々な騒動に対する決着の付け方を見ても明らかなのだが、今回ばかりは世間に分かるようにキッチリと説明しないと相撲そのものが存亡の危機に立つと思ふ。今回の件だけでなく、過去の類似事件まで吟味しなければならないのは当然だろう。

 斉藤俊さんが亡くなったのは名古屋場所前の6月26日で、この事件が騒がれ出したのは9月29日である。その間に第68代横綱朝青龍明徳関問題で大騒ぎしていたのは記憶に新しい。そもそもそれがこの事件の隠れ蓑であったとしたら絶望的な話である。真偽の程は分からないが、そう言われても仕方がないほど時系列の符牒があっている。タイミングが悪すぎるのだ。

 ことの成り行きによっては相撲界全体が世間の非難を浴び、結局NHKが放送から手を引く、という可能性は高いと思ふ。

 NHKが相撲中継を止めれば、相撲協会は莫大な放映権料を失うので即刻運営が成り立たなくなるだろう。

 大相撲終焉の日は近いと感じる。

時津風親方を1日に聴取 相撲協会、力士死亡問題で
 【大相撲の時津風部屋の時太山(本名・斉藤俊さん)がけいこ後に急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱北の湖)は、暴行を認めているとされる時津風親方(元小結双津竜)に対し、10月1日に事情聴取することが30日、分かった。関係者が明らかにした。聴取は理事長のほか、武蔵川事業部長(元横綱三重ノ海)と伊勢ノ海生活指導部長(元関脇藤ノ川)の理事2人も担当する予定。30日に東京都内のホテルで開かれた大関琴光喜の昇進披露パーティーに出席した北の湖理事長は口を閉ざしたが、理事の友綱教習所長(元関脇魁輝)は「伊勢ノ海親方から聞いた説明と、報道で出ている話がかなり違う。本人(時津風親方)を早く理事会に呼んで説明させた方がいい」と意見を述べた。また、披露パーティーに出席した横綱審議委員会の海老沢勝二委員長は「尊い命がなくなったわけだから、朝青龍の問題とは次元が違う。相撲協会は自浄しないといけない」と苦言を呈した。】
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2007年09月17日

#1412 高知オールスター

 この状態で入線した1と3の着差は3/4車身と公式記録に掲載されていた。

 本命を背負った3はいつもどおりバック8番手から届くはずもない競争をして、本来味方であるはずの1と3着をめざして頭突きをかましてお互いに落車した。そして滑走しながら仲良くゴール線を通過した。信じられない光景が大勢の客の前で繰り広げられ、場内は唖然茫然慄然であった。しかし、その後何事もなかったかのようにご帰宅されたはずだ。3と1が怪我をしたのではないだろうかと健気に心配する客はおそらく数人しかいないだろう。いや関係者以外誰もいないかもしれない。冷たいようだがそれは仕方がないのだ。結果は278456913であった。

 このレースにつぎ込まれたお金は車単で1億5千万、3連単で5億4千万で1と3絡みの車券は本線で売れていたので全売り上げの半分程度はあるだろう。それが一瞬にして消えた。でもまあこんな予期せぬことがしょっちゅう起こる世界なので、ファンは慣れっこである。いちいち落車を気にしていたらキリがないのだ。

 今頃は本日の決勝戦の推理に熱中しているはずだ。人気投票第1位の選手は元々怪我で出場していないので、オールスター人気投票1位2位3位の選手が揃って消えたが、そんなことは誰も気にしない高知オールスターなのだった。

 考えてみれば随分冷たい世界だなあ・・・

070917.jpg
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2007年09月12日

#1400 相撲の終焉

 花田満と言っても今では知る人も少なくなったかもしれない。初代貴ノ花で兄は土俵の鬼と呼ばれた若乃花(花田勝治)で息子は花田勝と貴乃花光司である。貴ノ花の五黄の寅はおいどんと生年が同じで、しかも出生の弘前はとなり町で、中学までは水泳の選手だったと記憶している。昭和34年頃の兄若乃花の人気は凄まじく、栃若時代と呼ばれていたが、あの熱に浮かれたような激しくテンションの高い時代はもう二度と来ないだろう。時代は長島であり力道山であり栃若だった。そんな兄の人気と重圧に耐え角界のプリンスが大関在位50場所という大記録を残したのは同郷同年として誇らしい。

 栃若時代の実況アナウンサーは北出清五郎氏だったと記憶している。角界のプリンス貴乃花の実況は杉山アナである。恐ろしいことに杉山アナが引退してから全く相撲を見なくなってしまった。orz。そしてあれから歳月が流れ初代若乃花も貴ノ花も北出アナも皆故人となってしまった。時の流れは速い。

 相撲人気が爆発したのは力士のチカラもあろうが、まさしくTVのチカラである。栃若時代の実況をつとめた北出アナの中継がなければあんなにも相撲人気は盛り上がらなかったかもしれない。そして北出アナの後継者である杉山アナは貴ノ花の引退放送で涙を流し、「泣きの杉山、泣かせの杉山」と言われた。あの実況でどんなに多くの相撲ファンの心に貴ノ花が強く印象に残ったかその貢献度は計り知れない。そして実際杉山邦博氏は今でも相撲が好きで好きでたまらない貴重な人物である。

 常識的に考えると杉山邦博氏は相撲界に貢献した第一人者であり、相撲協会としては最も敬意を払わなければならない重要な人物である。万が一にも杉山氏を貶めたり傷つけたりするような行為が許されないのは当然である。

 ニュースでは相撲協会のナントカ理事長が妙な発言をしているように報じている。おそらく何かの勘違いか間違いであろうと思われる。相撲協会の理事長が相撲界最大の功労者をないがしろにするようでは、さすがに相撲そのものが終焉するだろう。

相撲協会:記者クラブ会友の杉山さんの取材証を”はく奪”

【日本相撲協会の北の湖理事長は10日、横綱・朝青龍に関する一連の騒動に関してテレビで解説をした、元NHKアナウンサーで東京相撲記者クラブ会友の杉山邦博さん(76)=日本福祉大学客員教授=の発言が協会批判にあたるとして、協会発行の取材証を返還させた。事実上のはく奪で、これに対し同クラブは11日、抗議文を提出した。
 北の湖理事長は、抗議文で「(杉山さんの)言動の何が問題なのか、明確にしてほしい」と要請されたのを受けて、同クラブの代表者に対して口頭で回答。(1)8月中旬の朝の民放情報番組で「朝青龍への処分に対しては弁護士や識者を入れて決めるべきだ」というコメンテーターの発言に杉山さんがうなずいたのは相撲協会批判にあたる(2)テレビ出演の際の肩書が「相撲評論家」「相撲ジャーナリスト」となっているが、こうした立場の人には(記者でないので)取材証を発行できない−−と、返還させた理由を説明。杉山さんによれば10日、協会の女性職員に「理事長が発言を気にしているので返してほしい」と言われ、杉山さんは「お立場も分かるので預けましょう」と言って返したという。
 同クラブは「批判する相手の取材証を取り上げるのは暴挙」と反発しており、杉山さんの発言などについては事実関係も含めて、12日に杉山さんと北の湖理事長との話し合いを持つよう調整している・・・】
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2007年08月30日

#1374 強すぎる人

 朝青龍関が帰国したようである。心も身体も病気になられたと報じられているが、一刻も早く回復して圧倒的な強さを取り戻してほしい。なにしろ歴代の横綱の中でも抜群の成績を残している大横綱だ。年齢は26歳で、大鵬が引退したのは31歳だからあと5年は綱を張れる逸材で、このまま横綱在位記録を更新すると大鵬の大記録も全て書き換えるだろう。

 相撲の好きな方なら、朝青龍関がいかに強いか分かると思ふ。朝青龍関の相撲は対戦する相手と格が違いすぎるというか、勝負になっていないというか、言葉にするのは難しいが要は相手が弱すぎて相撲になっていない。著しく相撲の醍醐味に欠ける相撲が多い。朝青龍関と互角に相撲を取れるのは幕内に数人いるかいないかで、自然勝って当たり前という取り組みばかりになる。これは朝青龍関に問題があるのではなく、他の力士が弱すぎることが問題であるが、そんなことは全く論じられない。およそ横綱が強くて悪いはずがない。誠にお気の毒なことである。

 ニュースを見ると朝青龍関の精神が不安定になっていると報じているが、おそらく何かの間違いだろう。相撲のように個人で戦い、土俵の上で最高の集中力を要求される競技は、テニスと同様試合毎に過酷なメンタルトレーニングを繰り返しているようなものなので、一般人のような柔な精神構造であるはずがない。メンタルが弱い人は綱なんぞ張れない。

 wikiで調べると、朝青龍関は2004年1月場所・3月場所で、2場所連続全勝優勝(30連勝)を果たした。続く5月場所は6日目(同年5月14日)に平幕の北勝力に敗れて連勝が止まり、最終的にこの場所は2敗となったが、千秋楽(5月23日)の優勝決定戦で北勝力を破り、3場所連続優勝を達成した。7月場所も13勝2敗で優勝。1996年の貴乃花以来となる、4場所連続優勝。2004年11月場所から7場所連続優勝(従来は1962年7月場所〜1963年5月場所、1966年3月場所〜1967年1月場所に2度記録した大鵬の6場所連続)、2005年には年間6場所完全優勝(従来は1966年の大鵬、1978年の北の湖、1986年の千代の富士の5場所)、年間成績84勝6敗(従来は1978年の北の湖の82勝8敗)と、様々な記録を更新し続けている。 2007年7月場所終了現在、通算539勝137敗17休、幕内在位40場所、優勝21回(うち全勝5回)。三賞は殊勲賞3回、敢闘賞3回である。

 特に幕内在位40場所で優勝21回という記録は前人未踏で、2場所に1回優勝しているのはいかに抜きん出ているか如実に示している。大鵬の32回、千代の富士の31回、北の湖の24回、貴乃花の22回の優勝記録を簡単に塗り替えることの出来るのは朝青龍関以外には考えられない。あと4年24場所横綱をつとめれば一体どんな記録が生まれるのか脅威ですらある。

 強すぎる横綱・ドルゴルスレン・ダグワドルジ関が早く元気に土俵に戻ることを願っている。そして全ての記録を塗り替えてほしい。引退はそれからでいいと思ふ。
posted by あど at 07:15| 青森 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする